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1 プレゼンで使うだけ?
BIMを使えば3次元のパースをかんたんに作れる。「ウォークスルー」という建物の中を歩き回る動画も可能だ。
施主へのプレゼンテーションなどで「では玄関から入ってみます。次はこの階段を上がって、ベランダに出てみましょう」と操作を交えながら説明することもできる。分かりやすいし、インパクトもある。だがそれだけではよくできたプレゼンツールでしかない。見栄えのいい3D表現だけではBIMで建築の仕事の流れを変えることにはつながらない。
建築の設計情報ほど「見える化」ができていない分野はないのではと筆者は考える。平面図を見てその建物の形や使い勝手を、建築の専門家でない人が想像できるだろうか? 平面図に破線があって、それが天井から飛び出している梁(はり)です、この記号は内倒し窓の記号です・・・そんなことが分かるはずはない。
そこでだれもが使える「見える化」ツールが必要になる。そのためにコンピューターと何十万円もするソフトウェアが必要というのでは話にならない。iPadならだれもが使えるかもしれない。今回はそんなiPadで建物の中を歩き回りチェックするツールを二つ、グラフィソフト社のBIMx Docsとオートデスク社のBIM 360 Glueを紹介する。そしてこれらのツールが建築の仕事の流れ、つまり設計・施工・維持管理の手法を変えることになるか考えてみよう。
(本記事は2014年8月時点の情報に基づいています。)
昔ながらの平面図はプロでないと「読めない」?
2 ArchiCADでBIMx Docs
「3Dモデルと2D図面を含む完全なBIMプロジェクトへのアクセス」をうたうのがグラフィソフト社のBIMx Docsだ。ArchiCADで作ったBIMx Hyper-modelをiPadで操作しながら画面に表示された建物の中を歩き回ることができる。動画でないとその操作の楽しさは分かりにくい。ぜひグラフィソフト社のサイトのBIMxの概要ページにある動画でその操作性を確認していただきたい。
BIMx Docsは無償アプリではない。iPad、iPhoneなどiOS 6で動作し、App Storeで複数ファイル対応版が7,400円で販売されている。
何よりこのBIMx Docsが建築的なのは3次元のモデルと2次元の図面を直接つなぐという点だ。iPadで画面に表示された建物の中を歩いていて床のマーカーを触るとその階の平面図がポワーッと表示される。見終わればまた歩いて、今度は階段を上って次の階へ行くというような感覚だ。このようなウォークスルーを使えば建築のプロでないオーナーや使用者からの声も集めやすい。「ドアの位置はもう少し右のほうがいい・・・」「階段の手すりの子どもに対する安全性は・・・」「階段を上がるときはいい感じだが、下りるときに圧迫感がある・・・」などの声だ。
BIMx Docsを使って、『ArchiCAD BIMガイドライン』の実施設計編(意匠・構造)プロジェクトを表示した。『ArchiCAD BIMガイドライン』はこのBIMx Docs用のファイルを含めてグラフィソフト社のArchiCAD BIMガイドラインページからダウンロードできる。
グラフィソフト社のArchiCAD BIMガイドラインページ
iPadのBIMx Docsで『ArchiCAD BIMガイドライン』のモデルを使う
3 BIMx Hyper-modelを作る 1
グラフィソフト社はこの3Dモデルと2D図面の融合したモデルをBIMx Hyper-modelと呼んでいる。このモデルはもちろんArchiCADから作られるのだが、その方法が難しいのでは仕事の流れを変える改善にならない。
ArchiCAD 17で3Dモデルと2D図面(レイアウトシート)が結合されたBIMx Hyper-modelを作成しよう。3Dモデルも2D図面もそれぞれが正しく作られていることが前提になる。3Dモデルは軽く表示できるように、表現が重くなる植栽などをはぶいた専用の3Dビューを用意しておくほうがいいだろう。2D図面は必要に応じて画像やリスト、部分詳細とともにレイアウトとして配置しておく。断面図は単なる絵としての断面図でなく、平面図で断面記号を選択して「断面図を開く」とするとその断面が開くようにきちんとリンクしておく。
準備が整えば「ファイル」メニューから「BIMx Hyper-modelを発行...」を選択する。「発行 BIMx Hyper-model」ダイアログボックスが表示されるので「3Dで開いて続行」を選択する。
ArchiCADから「BIMx Hyper-modelを発行」
4 BIMx Hyper-modelを作る 2
次に表示される「BIMx Hyper-modelを発行する」ダイアログボックスで、図のように「Hyper-model名」を入力する。とりあえずほかの項目はデフォルトのままとする。
「BIMx Hyper-modelを発行する」ダイアログボックス
「次へ」をクリックして、「保存先」のフォルダを指定して「発行」ボタンをクリックする。「BIMxにエクスポート」ダイアログボックスが表示され進行状況が分かる。すべてのレイアウトを処理するので時間はかかる。筆者の環境でこのガイドラインモデルの発行に6分ほどかかった。
「BIMxにエクスポート」ダイアログボックスで進行状況が表示される
実務ではすべてのレイアウトを発行するのでなく、特定のレイアウトを指定する必要もあるだろう。その場合はもう一度「ファイル」メニューから「BIMx Hyper-modelを発行...」を選択して、表示されるダイアログボックスで「オーガナイザ...」ボタンをクリック、「オーガナイザ - 発行」ダイアログボックスを表示して細かく使用するレイアウトやビューを設定する。
「オーガナイザ - 発行」で特定のレイアウトを指定
また、ここでは発行したファイルをローカルファイルとして保存するように指定したが、グラフィソフト社のクラウドに保存して、関係者の間で共有することもできる。パスワードやプライベートフォルダ、メールによる共有の連絡などファイル共有サービスのツールは一通り用意されている。
グラフィソフト社のクラウドに保存する
5 作成したBIMx Hyper-modelをiPadで見る
先に紹介したiPadで動作するBIMx Docsアプリをインストールし、iPadで見てみよう。
操作はゲーム感覚だ。画面右下に表示されるジョイスティックを使って、歩くように画面に表示された建物の中に入って行く。そこには「3Dスマートマーカー」が表示されている。このマーカーをクリックすると、ポワーッと「平面図」や「立面図」が表示される。ArchiCADでBIMx Hyper-modelを作成するときに、マーカーを配置してハイパーリンクする図面を指定したのではない。モデルの情報を解釈して、ArchiCADが自動的にこのマーカーを配置してくれたのだ。
iPadのBIMx Docsで3Dモデルと合わせて平面図を表示
「断面」ビューには自動的にマーカーが配置され、それらを使って3D断面図の表示、断面切断位置の移動を行える。打ち合わせのときに「この器具は天井懐におさまっているか、断面の位置を変えてチェックする」というようなことがiPad上でできる。専門工事会社の作成した施工図を重ね合わせての確認も可能だ。関係者全員がデータをクラウドに置き、iPadで同じモデルを見ながら打ち合わせできるのだ。現場で開かれる定例会議も様変わりするだろう。
iPadのBIMx Docsで断面モデルと断面図を重ねて表示
グラフィソフト社のWebサイトにはユーザーの公開しているBIMx Hyper-modelのファイルがたくさんあり、楽しく見ることができる。
グラフィソフト社のBIMxページ
6 オートデスク社のBIM 360 Glue
「クラウドを使ったBIMマネジメントとコラボレーションのツール」というのがオートデスク社のBIM 360 Glueのうたい文句だ。
グラフィソフト社のBIMx Docsでは、設計チームのリーダーが一人でプロジェクトを管理して、モデルをクラウドにアップする、複数のユーザーがそれを閲覧するというような使い方が想定されているだろう。一方オートデスク社のBIM 360 Glueは意匠、構造、設備、施工などの複数の関係者それぞれが、自分の作ったモデルをクラウドにアップロードして、BIMプロジェクトの管理に使おうという想定だ。プロジェクトに参加しているメンバーは干渉チェックやコメントを記入し情報を共有できる。
最初にクラウド上にサイトを作成して関係者を招待することからBIM 360 Glueは始まる。このBIM 360 Glueサイトを作成するライセンスが有料になっている。だれかが作ったBIM 360 Glueサイトに参加するのには費用はかからない。
原稿執筆時点で日本語版は発売されていないが、30日間使える体験版を次のページから利用することができる。
オートデスク社BIM 360 Glue 30日間体験版申し込みページ
BIM 360 Glue 30日間体験版申し込みページ
7 BIM 360 Glueサイトを作る
BIM 360 Glueを使って「A保育園新築工事」というサイトを作ってみよう。Autodesk BIM 360 Glueを起動し、IDとパスワードを入力し、AdminメニューからBIM 360 Glue のWebサイトに入り、新規プロジェクトを追加する。
BIM 360 GlueのAdmin用Webサイト
8 アドインから使うBIM 360 Glue
管理者によってBIM 360 Glueサイトができれば、そこにモデルをアップロードする。これにはオートデスク社製品に用意されたアドインを使うのが便利だ。Revit、AutoCAD、Navisworks、Civil 3Dのアドインが用意されている。
もちろんBIM 360 Glueアプリケーションを起動して、ファイルを指定してアップロードすることも可能だが、AutoCADやRevitに追加されたアドインならボタン一つでアップロードできる。
オートデスク製品に用意されたアドイン
9 RevitモデルをBIM 360 Glueサイトに
「A保育園新築工事」サイトは作られたがまだ空っぽだ。Revitからモデルをアップロードする。「アドイン」タブの「BIM 360」パネルにある「Glue」ボタンをクリックする。ここでAutodesk 360にサインインを行っていなければ、Autodeskアカウントでサインインを求められる。表示された「Select Views」ダイアログボックスで、必要なビューを選択してアップロードする。
Revitからアップロード
次図のように「Gluing Complete」のメッセージが表示されたら成功だ。
アップロード完了のメッセージ
10 BIM 360 Glueで見る
クラウドにモデルがアップロードされたので、コンピューターにインストールされたBIM 360 Glueで開いてみよう。ほとんどRevitと同じように表示される。操作はNavisworksとも同じだ。ウォークスルーで歩き回ったり1カ所で立ち止まって見回したりすることができる。
BIM 360 Glueでモデルを表示
11 BIM 360 Glueでできること
表示できます、歩き回れます、だけではない特徴がBIM 360 Glueにはある。隠れた要素を見せる、要素の属性を表示する、モデルの中で寸法を測定する、複数の要素を結合する、ビューを登録する、マークアップを使って関係者と打ち合わせする、干渉チェックするなどができる。
次の図では壁を見えなくして部屋の中が分かるようにし、ドアを選択してその属性を表示するとともに、測定ツールでドアの高さを測定表示している。
BIM 360 Glueのツール
スペースの都合で詳しくは触れられないが、意匠、構造、設備それぞれの専門家によって別のアプリケーションで作られたモデルをBIM 360 Glueで結合する機能、干渉箇所をリスト表示してくれる干渉チェック、さらにマークアップしてその内容を関係者にメールで知らせ、共有する機能などは、本稿のテーマである「仕事の流れを変える」ツールとして期待される。
マークアップと情報の共有
12 iPadでもBIM 360 Glue
iPadで使えるモバイル版のBIM 360 Glue Mobileも用意されている。こちらは無料のアプリだ。このモバイル版でも表示だけでなく、測定、マークアップ、要素ごとの表示・非表示、オフラインでの作業などが行える。干渉チェックはできない。
マークアップを活用してデスクトップコンピューターを使っているオフィスの設計者から、現場のiPadへ送る。あるいは現場のiPadからオフィスへ質疑を送るなどさまざまなシーンで利用されることが考えられる。
特に、デスクトップコンピューター用のBIM 360 Glueにはない楽しい機能がこのMobile版には用意されている。iPadを左右に動かすと、まるでその部屋の中にいるかのように、iPadに表示される画像が移動する。iPadの加速度センサーとジャイロスコープ機能を使った、デスクトップコンピューターではまねのできない操作だ。
iPadを左右に動かすと画面も移動
13 仕事の流れは変わりつつある
ここまでクラウドを使ったBIMツール2種類を見てきた。
クライアントも意匠、構造、設備の設計者も、現場施工の所長や職長も、職人もクラウドにある一つのモデルを見て検討できる。iPadを使って打ち合わせをし、iPadを横に置いて施工する。やはり仕事の流れは変わりつつあると思うが、どうだろう。
現場にはヘルメットと同様、iPadも欠かせない時代となった
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