2017年 9月 1日公開

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「各種債権には消滅時効がある?!」の巻

テキスト/梅原光彦 イラスト/今井ヨージ

売掛金や給料、賞与などの債権は行使しなければいずれ消滅します。これを消滅時効と言いますが、数年後には民法の大改正でこの制度が大きく変わる予定です。ただし改正前に発生した債権については現行制度が適用されるので、ここでは改正前後の両制度の基本を紹介します。

「各種債権には消滅時効がある?!」の巻

消滅時効制度(改正前)について

平成29年5月26日に民法の大改正が行われ、数年後に施行されます。これに伴い消滅時効制度も大きく変わる予定です。ただ、改正民法施行までに発生した債権については引き続き現行の消滅時効制度が適用されます。そこで現行制度における消滅時効についてまずはおさらいしておきましょう。

消滅時効とは

消滅時効とは、一定期間の経過により権利を消滅させてしまうという制度です。通常の債権の消滅時効期間は「原則として10年」とされています。ただし、権利の内容によっては10年よりも短い期間で時効が完成します。これが次に紹介する「短期消滅時効」です。

短期消滅時効の種類

短期消滅時効には、1年、2年、3年、5年と4種類の時効期間が設けられています。また、民法以外の法律でも短期消滅時効が定められています。

1) 民法に定められた短期消滅時効の例

[1年の短期消滅時効]
  1. 運送賃に関する債権(タクシーの運賃など)
  2. 旅館・料理店・飲食店・貸席・娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価または立替金に関する債権(例えば飲食店でのいわゆる「ツケ」などがこれに当たります)
  3. 動産の損料(貸寝具・貸本・貸衣装など短期間の動産の賃貸借の賃料)
[2年の短期消滅時効]
  1. 生産者・卸売商人・小売商人が売却した産物・商品の代価(売買代金)に関する請求権(例えば農業生産者が売り渡した農産物の代金など)
  2. 自己の技能を用いて注文を受け、物を製作し、または自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権(例:クリーニング店・理髪店・美容院・洋裁・和裁などの業種)
  3. 学芸または技能の教育を行う者が、生徒の教育・衣食・寄宿の代価について有する債権(例:学校・塾・家庭教師などの生徒が支払う授業料や教材費)
[3年の短期消滅時効]
  1. 工事の設計・施工・監理を業とする者の工事に関する債権(工事の請負代金債権など)
  2. 不法行為に基づく損害賠償請求権(例えば交通事故など)
[5年の短期消滅時効]
  1. 取消権(注)
  2. 年、またはこれより短い時期(例えば年単位、月単位)によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権(例:地代・家賃など)

(注)詐欺・強迫などを受けて意思表示をした者など一定の者に認められる、法律行為の取り消しの意思表示ができる権利。

2) 民法以外の法律に定められた短期消滅時効の例

[1年の短期消滅時効]
  1. 運送取扱人等の責任(商法566条)
  2. 為替手形の所持人の振出人・裏書人に対する請求権(手形法70条)
  3. 約束手形の所持人の裏書人に対する請求権(手形法77条)
[2年の短期消滅時効]

労働者の使用者に対する賃金請求権(労働基準法115条)

[3年の短期消滅時効]
  1. 為替手形の所持人の引受人に対する請求権(手形法70条)
  2. 約束手形の所持人の振出人に対する請求権(手形法77条)
[5年の短期消滅時効]
  1. 商事債権(商法522条)(注)
  2. 労働者の使用者に対する退職金請求権(労働基準法115条)

(注)会社が当事者となる債権の多くは商事債権となります。ただし、これまで述べてきた短期消滅時効のように、他の法令に5年間より短い時効期間の定めがあるときはその定めが優先します。

消滅時効完成を阻止するには

消滅時効が完成するということは、債権者にとって自分の権利が消えてしまうことを意味します。請求書を送り続ければ時効は止められると勘違いしている人もいますが、それだけでは消滅時効の完成は阻止できません。時効の完成を防ぐには次の二つの制度があることを知っておきましょう。

1) 時効中断制度

時効の中断とは進行した時効期間の計算が振り出しに戻ってしまうことで、一旦完全にリセットされて、再度ゼロから時効期間がスタートします。消滅時効の中断に当たる事由は民法147条に定められています。以下の三つです。

a. 請求

訴訟を起こして請求すること。訴訟ではなく催告(請求書を送るなどして支払いを請求すること)でも時効は中断しますが、催告の場合は6カ月以内に訴訟を起こさないと中断しなかったことになってしまいます。つまり、催告だけしても6カ月以内に訴訟をしなければ時効を中断できないのです。なお、催告して6カ月延ばせるのは1回だけで、いわば時効完成が迫ったときの緊急避難的な手段と言えるでしょう。

b. 差し押さえ・仮差し押さえまたは仮処分

債権者が裁判所に申請して、債務者の財産に対して差し押さえ・仮差し押さえまたは仮処分を行った場合には、時効が中断します。

c. 承認

債務者による承認です。時効完成までの間に一度でも借金など債務があることを認めたのであれば、その時点で時効は中断し、時効期間の計算は振り出しに戻ります。ここで重要なのは、「返済」は債務承認に当たるということ。債務があることを認めたからこそ返済をするのですから、少額でも返済をすれば債務を承認したことになり、時効は中断します。ですから一部だけでも弁済をしてもらうことが大切なのです。

2) 時効停止制度

時効の完成間際になって、権利者が時効の中断をすることが困難な事情がある場合に、一定期間、時効の完成を猶予することを「時効停止」と言います。地震などの災害その他のやむを得ない事情のある場合で、現実にはレアケースと言ってよいでしょう。
なお、時効の中断が時効の進行を振り出しに戻すものであるのに対して、時効の停止は停止事由の終了後、一定期間(停止期間)が経過するまで時効の完成を猶予するものに過ぎません。停止期間が経過するまでに中断がなされなければ、時効は完成することになります。

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改正後の消滅時効制度

民法が改正されると、消滅時効はどう変わるのか。第一に新しい消滅時効制度では時効期間が整理されて分かりやすくなること、第二に時効は原則5年になると理解しておくとよいでしょう(給与の時効は2年と短いままです)。
詳しくは以下のとおりです。

新しい消滅時効制度の概要

1) 時効期間の原則は5年に

改正前の「権利を行使することができるときから10年」というルールに、改正後は「債権者が権利を行使できることを知ったときから5年」というルールが加わります。前者を「客観的起算点」、後者を「主観的起算点」と言います。もっとも、実際の取引では、契約書で一定の支払期日を合意していればその期日の到来を知っているはずとみなされるので、客観的起算点と主観的起算点は一致します。従って「支払期日が到来した」=「権利行使できると知った」ときから5年で時効が消滅するのが原則と言えます。
会社に関連する債権の消滅時効はもともと5年とされることが多かったので、改正後も大きな影響はないと言えます。むしろ商品の売掛金債権や工事請負代金債権など消滅時効期間が5年より短くされていたものは、改正により消滅時効期間が5年に延びることになります。

2) 職業別の短期消滅時効は廃止

先に紹介した職業別の短期消滅時効制度は、従来「合理性に乏しい」「分類が複雑なうえに現代社会と合っていない」などと指摘されてきました。そこで今回の改正ではこれを廃止してシンプルに整理することになりました。ただし、改正以前に発生した債権については現行の職業別の短期消滅時効制度が適用されるので注意が必要です。

3) 人身損害の場合の特例を新設

債権は契約などの取引行為だけではなく不慮の事故からも発生します。中でも人身事故の場合の損害賠償請求権については被害者保護の観点から時効期間の例外を設けられることになります。改正後は、主観的起算点から5年、客観的起算点から20年の長期間の消滅時効としています。

4) 時効中断・中止制度の再編

従来、時効完成を妨げる制度は、時効完成をストップさせ、かつ、再スタート時にカウントがリセットされる「中断」制度と、時効完成をストップさせるが、カウントはリセットされない「停止」制度に分かれていました。改正後は、これらを再編し、「完成猶予」と「更新」という制度になります。「完成猶予」は時効完成をストップさせること、「更新」は再スタート時に時効がリセットされることを言います。例えば、訴訟を提起した段階では「完成猶予」となりますが、まだ「更新」はされません。訴訟の結果、債権の存在を認める判決が確定した段階で初めて「更新」となります。また、先に紹介した「催告」は6カ月に限り「完成猶予」させるものということになります。

5) 協議による時効の完成猶予

新しい完成猶予事由(更新なし)として、「権利についての協議を行う旨の合意」が加わりました。これによって従来からあった「話し合いの余地がありそうなのに時効を止めるためだけに訴えを提起せざるを得ず、その結果円滑な話し合いが難しくなってしまう」といったケースを回避できます。なお、この合意は書面でしなければなりません。

注意! 新しい時効制度が適用されるのは

新しい時効制度が適用されるのは、改正民法の施行日後に発生した債権からとなります。改正民法は平成29年5月26日に参議院で可決され、既に成立しています。公布から3年程度の周知期間を経て施行されるのが通例ですが、施行日はまだ確定していません。適用は早くても平成32年ころとなる見込みです。

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普段から債権管理(時効管理)を

「代金を払ったのに商品が納品されない」「取引先が代金を支払ってくれない」……などなど、債権の回収は企業にとって頭の痛い問題です。こうした問題を避けるには債権管理を適切に行うしかありません。債権管理で大切なのは、消滅時効期間を超えないよう気を配ること、そして債権回収が困難になった場合を想定して事前に策を練っておくことです。

例えば不払いが発生したときに、どういうアクションを起こすか、段階ごとに決めておくことです。まずは請求書、それで駄目なら内容証明郵便を送る、それでも駄目なら裁判に訴える……などなど、専門家とも相談して社内ルールを決めておきましょう。

最悪、消滅時効期間を過ぎた場合でも、不利になるのは間違いないことですが、リカバリーする方法もあります。期間を過ぎたからといってすぐに諦めるのではなく、専門家に相談することをお勧めします。

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