2020年 6月 9日公開

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「新・事業承継税制が分かる!」の巻

テキスト/梅原光彦 イラスト/今井ヨージ

  • 経理

事業承継税制が大幅に改正され、条件によっては後継者が無税で自社株を引き継ぐことができるようになりました。制度はどのように改正されたのでしょう。新たな制度を利用するに当たって注意・確認すべきことをまとめました。

改正の経緯

従来は、先代社長から後継社長へ経営をバトンタッチするうえで、業務や肩書を譲ることができても株式は簡単に譲れない状況がありました。生前に株式を後継者に譲ると贈与税が生じてしまうためです。
しかし、2008年5月、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が成立し、これを受けて、2009年度の税制改正により事業承継税制(一般措置)が創設されました。
ただし、株式の全額が納税猶予になるわけではなく、20%は課税されることや、5年間従業員の8割以上を雇用し続けることなどが要件となっていて、当事者にとっては非常に使い勝手の悪い制度でした。そこで2018年度の税制改正で、適用要件を緩和した「特例措置」が設けられました。これにより従来と比べて格段に利用しやすくなったといえます。

【特例措置と一般措置の比較】

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事業承継税制とは

事業承継税制は大きく分けて二つあります。

(1)贈与税の納税猶予および納税の免除

先代経営者が所有している株式を後継者へ生前贈与した際に贈与税が課税されないようにすること。

(2)相続税の納税猶予および納税の免除

先代経営者が死亡して相続が発生した際、相続人である後継者に係る相続税のうち、事業承継した株式に対応する相続税は課税されないようにすること。

【贈与税の納税猶予制度について】

【相続税の納税猶予制度について】

<ポイント>
この制度の狙いは、先代経営者から後継者へ事前に株式を移転させやすくすることにあります。特例を利用することによって「納税がなくなる」わけではありません。いったん「猶予」されるということがポイントです。下記のとおり、時間の経過によって要件をクリアしたときに初めて納税が「免除」されることになります。

  • 贈与税が免除されるとき→先代経営者が死亡したときに、猶予されていた贈与税が免除される
  • 相続税が免除されるとき→後継者が死亡したときに、猶予されていた株式に対応する相続税が免除される

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事業承継税制の対象とは

事業承継税制を自社が利用できるかどうかをまず見極めることが大切です。この税制の対象となるのは以下のいずれにも該当しない会社です。

  • 上場会社
  • 中小企業者に該当しない会社(注1)
  • 風俗営業会社
  • 資産管理会社(注2)
  • 直近の事業年度における総収入金額が0円である会社
  • 常時使用する従業員がいない会社

<ポイント>
非上場会社であっても中小企業に該当しない場合や、資産管理会社に該当してしまう場合は利用できません。特に資産管理会社に該当するかどうかの判定は重要です。現金や不動産を多く所有する法人の場合は要注意。報告書を提出するタイミングで税務署や都道府県からチェックが入るので長期にわたって資産管理会社にならないように常に注意が必要です。

  • (注1)中小企業者とは下記に示した業種に応じて資本金の額または従業員数のいずれかに該当する法人をいいます。

【適用対象となる中小企業】

  • (注2)資産管理会社とは有価証券、自ら使用していない不動産、現金・預金等の特定の資産の保有割合が総資産の総額の70%以上の会社(資産保有型会社)や、これらの特定の資産からの運用収入が総収入金額の75%以上の会社(資産運用型会社)をいいます。なお、2019年の改正で、資産管理会社に該当するかどうかの判定について一定の緩和措置が設けられました。これら資産の保有割合や運用収入が規定割合を超過したとしても、是正まで一定の猶予期間(6カ月間)が与えられるというものです。

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事業承継税制のメリットとデメリット

どんな会社でも、どんな経営者でも、事業承継税制の適用を受けるメリットがあるとは限りません。適用を受けるかどうか、メリットとデメリットをはかりに掛けて判断することが大切です。

(1)事業承継税制のメリット

株式に対する贈与税や相続税の猶予や免除が受けられることがメリットです。

(2)事業承継税制のデメリット

手続きが複雑で、かつ、長期にわたり要件の順守と報告義務が課されます。その間、報告漏れがあったり、要件を満たさなくなったりすると、猶予されている税額を一括もしくは一部納付しなければならないというリスクがあります。

事業承継税制の適用を受けるかどうかについては、順を追って慎重に検討する必要があります。

まず「暦年贈与」を検討

まずは「今の株価を計算すること」です。先代経営者が健康で、株価がそれほど高額ではなければ、暦年贈与(年間110万円の非課税枠内で贈与すること)で株式を贈与することを検討してみるとよいと思います。時間はかかりますが、先代経営者の相続までに後継者への贈与が終われば無税で株式を移転できます。

事業承継税制を検討

株価が高額または、先代経営者の余命があまりないような場合は、事業承継税制の適用を検討する必要があります。

いずれか判断をつけがたい場合は、提出期限である2023年3月31日までに「特例承継計画」を提出しておき、事業承継税制を利用するのであれば、2027年12月31日までに決定・実施するという方針をおすすめします。

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事業承継税制の注意点

適用を受けるに当たっては次の2点に注意してください。

(1)事前に計画書の提出が必要

贈与税や相続税の納税猶予を受けるには、事前に計画書(特例承継計画)の提出が必要です。特例承継計画を提出したものの、将来方針変更により事業承継税制を利用しなかったとしてもペナルティーはありません。

提出期限:2018年4月1日から2023年3月31日まで(5年間)

適用期限は2018年1月1日~2027年12月31日(10年間)

この期間に発生した株式の贈与および相続が事業承継税制の対象となります。また、この期間内に贈与を実行し、先代経営者が仮に30年後に死亡したとしても、適用期間内に贈与された株式であれば適用対象となります。

【贈与税の納税猶予を受けるための手続き】

【相続税の納税猶予を受けるための手続き】

(2)猶予期間中に要件から外れてしまうと納税が発生する

猶予されている期間中に要件を満たさなくなると、猶予されている税額の全部や一部を納付することになってしまいます。

納税が必要になってしまう例

  • 後継者が代表取締役から外れた場合
  • 株式を譲渡した場合
  • 会社が資産管理会社に該当することになった場合
  • 報告期間中(申告期限後5年間)に税務署や都道府県庁への報告を怠った場合
  • *税務署と都道府県庁両方への報告義務があります。

以上、事業承継税制は非常に手続きが煩雑で、メリットを受けるまでに時間がかかります。かつ、要件を満たさなくなった場合は、猶予されていた税額を納付する必要があります。途中で税理士が交代した場合などは、十分な引き継ぎや申し送りを行うことが非常に重要になってきます。

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ライター紹介

梅原光彦

ライター歴30年超。新聞、雑誌、書籍、Web等、媒体を問わず多様なジャンルで書き続ける。その一つが米原万里著『打ちのめされるようなすごい本』に取り上げられたことが勲章。京都在住。

監修/田中章仁

プロフィール

1974年生まれ。神奈川県出身。東京税理士会渋谷支部所属。個人事業主から中小企業まで幅広くサポート。モットーは「共に悩み、共に喜ぶ」。週末は少年野球の監督も務める。4児の父。

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