金融機関担当のエンジニアとしてキャリアをスタート

山口社長は1964年8月29日生まれの和歌山県出身。前回の東京オリンピックの年に生まれている。1987年3月に大阪工業大学工学部を卒業し、同年4月に日本IBMに入社。技術統括本部ソフトウェア技術本部 第三技術所に配属され、金融機関担当のエンジニアとしてキャリアをスタートした。

「MVSやDB2など、OSとミドルウェアの問題を解析したり、新たな機能を開発したりといった仕事からスタートした。20代はシステムの中身ばかり見ていた」と山口氏は笑う。

その後、システムエンジニアとして活躍。2000年問題を控えた1998年には2000年対策室に異動し、日本およびアジアの2000年問題に関する非常時の対策立案などに携わった。2007年1月からはグローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業を担当。IBM以外の製品も幅広く取り扱う立場を経験。後にこの事業を統括することになるが、この時も11年ぶりの日本人による統括体制となった。

顧客やパートナーとの信頼関係は今まで以上に強くなる?

山口氏の社長就任は、日本IBMにとって幾つものプラス効果が期待できそうだ。

例えば、日本人社長であるという点。それについては、山口社長自らもこう語る。「外国人社長の期間は、日本IBM自らが変わらなければならない、新たなやり方をしなくてならないという意識が高まっていたタイミングでもあった。それがあったからこそ、お客様のデジタルトランスフォーメーション(DX)に対応できる会社に生まれ変わることができた。その点では、プラスの部分がたくさんあったと思っている。だが、コミュニケーションはもう少し丁寧にする必要があり、そうした課題は社内でも共有している。(私が社長に就任したことで)顧客やパートナーとの信頼関係は、今まで以上に強いものを築くことができるだろう」。

企業のDXを支援することを主要事業の一つに位置付ける日本IBMは、山口社長が言うように、ここ数年自らもDXに取り組んできた。

2012年にジニー・ロメッティ氏が米IBMの会長兼社長兼CEOに就いてから、同社は「コグニティブ・ソリューションとクラウドプラットフォームの企業」へとトランスフォーメーションを進めてきた。そうした中、2017年度第4四半期(2017年10~12月)に増収となるまで、実に22四半期連続での減収を続けてきたのだ。

日本IBMは、米本社よりも一足早く増収に転じたが、それでも2017年第2四半期(2017年4~6月)までは減収が続いた。

こうした厳しい業績は痛みを伴った構造改革の結果でもあり、それに伴い社員の入れ替えも進んだ。実際この数年、日本IBMでは中途採用を積極化。AI、アナリティクス、セキュリティ、クラウド、ブロックチェーン、IoT、Fintech(フィンテック)などのスキルを持った社員を中心に採用。会社全体のスキルチェンジを図ってきた。

振り返れば、日本人社長には難しい大ナタを振るう改革を3代にわたる外国人社長が成し遂げ、アクセルを踏むことができる新たな体質へと移行したところで、日本人社長にバトンを渡したともいえるだろう。

山口社長が「今後、日本IBMの売上高は伸びこそすれ、減るとは考えていない」と語るように、これからは成長戦略へと転じることになるが、そこにおいては社員やパートナーとの緊密な連携が重視されるのは明らかだ。こういった意味でも、日本人社長が登板するには絶好のタイミングだといえる。

「日本IBMは82年間にわたって日本でビジネスを行ってきたが、その間『社会と共に』という姿勢は常に欠かしていない。これからの時代こそ、IBMの中だけで考えていては限界がある。もはや1社で何もかもができる時代ではない。パートナーや顧客との連携が重要だ」としており、そこにも日本人社長としてのコミュニケーション力を生かしていくつもりだ。

システムエンジニア出身の社長がもたらす強み

そして、山口社長がシステムエンジニア出身である点も重要な要素になりそうである。

2019年2月に米国サンフランシスコで開催されたIBMの年次イベント「Think 2019」では、米IBMのジニー・ロメッティ会長兼社長兼CEOがこれからの時代を、デジタル・リインベンションの「第2章」と表現。クラウドの世界が新たなフェーズへと入ることを示した。

山口社長は、これを次のように説明する。

「第1章はクラウドが登場し、それが本当に使えるのかといったことを検証する期間であり、まずはミッションクリティカルシステム以外のところで利用することから始まった。その結果、ITコストの削減や導入スピードを短縮するためのクラウド導入、コールセンターなどの一部の業務エリアへのAIテクノロジーの活用など、適材適所に活用することによって新たなテクノロジーによる成果が出ることが理解され、全体の業務の20%がデジタル化された。だが、残りの80%はこれから変革する余地がある。第2章はこれまでのチャレンジを経て、いよいよミッションクリティカルの領域にデジタルが活用されることになり、デジタル化によって、攻めへと転じるフェーズに入る」。

クラウドは進展しているように見えるが、まだその範囲は2割でしかない。むしろこれからが本番だ。

こうしてみると、ミッションクリティカルの領域にデジタルが活用されることになり、さらにデジタルが社会を大きく変化させる時代がやってくるうえで、エンジニア出身の社長がその経験による強みを発揮できるのは間違いない。

そして「この進化は第2章で終わるわけではない。これは新たな社会に向けたステップでしかない。ドローンが飛び交い、自動運転が普通になっている5年後や10年後の世界につながっていくものなる」とする。つまり、テクノロジーはますます重視されるというわけだ。

実は山口社長は、6月5日の社長会見と6月18日から東京・天王洲のWarehouse TERRADAで開催したプライベートイベント「Think Summit」の基調講演で、エンジニア出身らしい同じ振る舞いをしている。

いずれの場においても上着のポケットの中から小瓶を取り出し、その中にIBMが開発した塩の粒より小さいCPUが5個も入っていることを示しながら、「目に見えないほどの小さいCPUを使うことで、新たな事業や新たなビジネスモデルを作りたい。待つのではなく、こちらから提案をしていくことに力を注いでいく」と述べ、特に基調講演では主要顧客やパートナー企業を前に、「今後はここにいる皆様に対して、営業担当者が訪れるだけでなく、研究開発部門の技術者が訪問する場が増えることになる」と発言してみせた。

さらに、新たな施策として山口社長は、営業部門を含む日本IBMの全ての社員が開発およびデータの解析スキルを身に付ける教育を開始することも発表した。「これによりお客様に対して価値がある提案ができ、変革の支援ができるようになる」とする。

この施策は山口社長が就任後に打ち出した最初の新施策でもあり、ここにもテクノロジーの重要性を知るエンジニア出身社長らしい姿勢が感じられる。

DXが企業の生き残りには不可避となる中で、テクノロジーを積極的に提案する姿勢を強調した格好だ。

山口社長は「新たなテクノロジーを活用することで、顧客の新たなビジネスを創出することが可能になる。ビジネスを転換させ、社会に貢献できる手伝いをしていきたい」と日本IBMの方向性を示す。

山口社長が就任後に掲げた新たなグループビジョンは、「最先端のテクノロジーと創造性を持って、お客様と共に、仲間と共に、社会と共に、あらゆる枠を超えて、より良い未来づくりに取り組む企業グループ」である。

このビジョンからも、テクノロジーを強く意識した社長であることが分かる。エンジニア出身の日本人社長が新たな時代に、どんな手腕を発揮するのかが注目される。

  • * 本稿に記載された各種IT製品、テクノロジーにつきましては、記事制作時の技術動向に関する幅広い知見を基にして構成されています。これは制作を担当したクラウドWatch編集部(株式会社インプレス)の所見であり、大塚商会においてお取り扱いのないものも含まれております。あらかじめご了承いただきますようお願いします。