「京」の後継機となるスーパーコンピューター

富岳は、2019年8月に運用を停止したスーパーコンピューター「京」の後継機として開発されたものであり、富士通がプロセッサーからソフトウェアまでのシステム全体を開発。モノづくり、ゲノム医療、創薬、災害予測、気象・環境、新エネルギー、エネルギーの創出・貯蔵、宇宙科学、新素材の九つの分野を重点領域として、コンピューターシミュレーションなどに活用されることになる。

また、AI向け計算を高速化できる機能が新たに追加され、AI分野で使用される半精度演算、8ビット幅整数演算を効率的に実行できることから、シミュレーションだけでなく、AIやビッグデータの分野でも利用が見込まれている。

富士通の時田 隆仁社長は、「富岳は、京に勝るとも劣らない貢献をすると期待している。スーパーコンピューターは、これまでにもさまざまな社会課題にチャレンジしてきたが、富岳は防災や医療、創薬に加えて、産業利用にも貢献できる点が特徴。富士通が持つ最高の技術を投入したコンピューターであり、今後、多くの人たちの期待に応え、価値ある成果を届けることになる。これが富岳の使命であり、富士通の使命である」と語る。

富岳の心臓部となるCPUには、「A64FX」が採用されている。Arm社のv8-A命令セットアーキテクチャをスーパーコンピューター向けに拡張した「SVE(Scalable Vector Extension)」を、世界で初めて使用しているのが特徴だ。

A64FXは、最先端の半導体技術により、全ての機能をワンチップに集約しており、87億8,600万トランジスタを搭載。CPUピーク性能は、「京」の24倍となる3TFLOPS、メモリーバンド幅は京の16倍となる1,024GB/sを実現する。また消費電力当たりの性能は、最新のインテルCPUと比較して3.7倍以上の効率性を発揮するという。

このCPUを2基搭載したメインボード192枚を一つのラックに搭載するため、384個のCPUで1ラックを構成する形となる。

富士通によると、1PFLOPSのシステムの場合、京では80個の計算ラックと、20個のディスクラックが必要であり、128平方メートルの設置面積が必要だった。対して、富岳では同等性能を実現するのに1ラック、1.1平方メートルの設置面積で済むという。

また理化学研究所では、「富岳の10筐体だけで、京の864筐体と同じ性能が発揮でき、20分の1の電力で稼働する」と語る。

京のアーキテクチャを継続・強化し、プログラム資産の継承と高い実行性能を保証しながら、オープンソースソフトウェアに対応している点も特徴で、GCC(GNU Compiler Collection)やPython、Ruby、Eclipse、Docker、KVMが利用可能。OSにはレッドハットのRed Hat Enterprise Linux(RHEL)8をベースにしたArm Linuxを利用しているため、あらゆる領域において、使い勝手の向上が図られている。

なお富岳で開発された技術は、富士通の商用スーパーコンピューター「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX1000 / FX700」にも採用され、日本だけでなく、グローバルに展開される。加えて、米Hewlett Packard Enterprise(HPE)の傘下にある米Crayとのパートナーシップ契約により、同社のスーパーコンピューターにもA64FXが搭載されることになる。

「富岳の技術を、日本のみならずグローバルにも販売することで、世界中の社会課題の解決に貢献できる」(富士通の時田社長)。

性能面の1位にはこだわらない

スーパーコンピューターの分野は、長年にわたり、日本、米国、中国による性能競争が激しく展開されてきた。

旧民主党政権時代の蓮舫参院議員が、当時行われた「事業仕分け」の中で、世界1位の性能を目指すスーパーコンピューターの研究開発予算に疑問を呈し、「2位じゃだめなんでしょうか」とした発言が話題を集めた。スーパーコンピューターの性能が重要な指標となっていることを世に知らしめた出来事として、この発言を記憶している人も多いだろう。

だが富岳は、性能面だけでの1位にはこだわっていない。

富岳の開発をリードした富士通の新庄 直樹理事は、「富岳は、スーパーコンピューターの性能順位競争のために開発したわけではない。科学技術の探求だけでなく、産業界をはじめとして実用的に役立つ汎用(はんよう)性の高いスーパーコンピューターを目指して開発したもの」と断言する。

この発言は、競争での順位を意識するあまり特定の計算速度だけが追求され、その結果、汎用性がなくなるという課題が生まれていたとの気づきから生まれたものだろう。そうした、単純な番付重視の風潮に異を唱える存在が富岳だといえる。

新庄理事は、「富岳は科学的、社会的に役に立つことを目指しており、そのために、省電力、アプリケーション性能、使い勝手の良さという3点を重視して開発した」と語る。

エネルギー問題は地球規模の問題であり、エネルギー効率を重視することはスーパーコンピューターにとっても重要な指標といえる。さらに、「特定の計算の速さを追求することで利用領域が狭まり、実行したいアプリケーションで性能が十分発揮されないのに電力だけを浪費するという課題を解決しなくてはならない」という関係者の声も広がっている。

これまでとは違う視点で開発された富岳のコンセプトは、こうした課題を解決することにある。

「多様な言語やアプリケーション、機能に対応しており、ポータビリティーも確保している。アプリケーション開発者が使いやすい環境を重視している」これが、ほかのスーパーコンピューターとは大きく異なる点だ。

なお省電力という点では、既に世界一の称号を確保している。

2019年11月18日、富士通沼津工場に設置している富岳のプロトタイプが、スーパーコンピューターの消費電力性能を示す「Green500」において世界1位を獲得したのだ。

測定では、ピーク性能の2.3593PFLOPSに対し、連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK)で1.9995PFLOPS、消費電力1ワット当たりの性能で16.876GFLOPS/Wを達成し、世界トップの消費電力性能であることが実証された。

またGPUなどのアクセラレーターを用いず、汎用CPUのみを搭載したシステムで初めて、Green 500で世界一を獲得した点も評価されている。これにより、さまざまなアプリケーションにおいても高い性能と省電力を両立した利用環境を実現できることを証明したからだ。

富岳は性能競争のためのスパコンではなく、「役立つ」スパコンを目指している。だからこそ、これからどのような貢献をするのか、世界中から注目を集めている。

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