ニッチな業界・業種特有の「DXに関する課題」
近年、業務効率化や業務の品質向上、財務体質の改善を図る手段として、ERPが用いられるようになりました。ERPとは、人材や資産、在庫、情報などの経営資源を一括管理し、企業全体の最適化を図るシステム、いわゆる「基幹システム」のことです。
ERPには、自社でサーバーやネットワーク機器などを用意して運用する「オンプレミス型ERP」と、インターネットを利用する「クラウド型ERP」がありますが、近年はクラウド型ERPの導入が増加しています。
ERPはどの業界・業種の企業でも利用できるように、汎用的な製品が多く販売されています。だからこそ、ニッチな業界・業種に属する企業がERPを導入しようとすると、次のような課題に直面することがあるのです。
汎用ERPでは独自の業務に対応できない
ニッチな業界・業種で事業を展開していると、その業界や事業特有の商習慣などによる独特の仕組みが生まれやすくなり、その部分の業務負担が課題となることがあります。
例えば、室内装飾に使用するクロスやカーペットなどを販売している企業では、顧客の要望に従って生地を計り売りするため、販売管理や在庫管理が複雑になります。しかし、こうした事情に対応できる汎用ERPがほとんどないため、仮にERPを導入しても業務効率が上がらないという懸念があります。
また、ニッチな業界・業種の企業が汎用ERPを利用すると、不要な機能が多く使いにくさを感じたり、機能がオーバースペックであったりすることも考えられます。それを解消するためにシステムをカスタマイズすると、導入コストが上昇し利用開始までの期間も長引きがち。そこがERP導入を断念する要因となるかもしれません。
ニッチな業界・業種に精通したベンダーが少ない
ERPを開発・実装するベンダーは、メジャーな業界・業種での実績を多く積んでいます。しかし、ニッチな業界・業種での実績は少なく、そのため自社に合ったシステムを導入しようとしても、その領域に詳しいベンダーを見つけるのが難しい場合があります。
ERPに限らず、システム導入には社内での意思決定が不可欠です。しかし専門性の高いベンダーが見つからず、十分な支援を受けられないと、社内での意思決定が遅れることが懸念されます。
参考となる導入事例が少ない
ベンダーのWebサイトや資料に掲載されている他社の導入事例は、ERP導入を検討する際の参考資料のひとつです。しかし、ニッチな業界・業種の企業の導入事例は少なく、参考になる情報が得にくい可能性があります。
参考となる導入事例が少ないために、「メジャーな業界・業種の会社ではないから、DXは無理なのかもしれない……」と、逆に検討メンバーの不安をあおってしまうかもしれません。
社内のIT人材が不足している
ERPを導入する際には、社内でERP導入のプロジェクトを立ち上げ、システム部門やIT人材に参加してもらって進行することが通常の流れです。
しかし社内にシステム部門がなかったり、IT人材が不足していたりする場合、プロジェクトの進行自体が困難になる懸念があります。
ニッチな業界・業種の企業がERPを導入する方法
ニッチな業界・業種の企業ならではの悩みは尽きませんが、それでもERP導入を諦める必要はありません。なぜなら、次のような二つの方法が検討できるからです。
特定の業界・業種に特化したERPを導入する
一つ目は、自社に近い業界・業種に特化したERPを導入する方法です。例えば、日本の中小・中堅企業に多い製造業に特化したERPとして、次のような製品が販売されています。
- 組み立てが中心で繰返受注の多い製造業向けERP
- 繰返生産と個別受注生産の両方を扱う製造業向けERP
- 化学製品や食品、化粧品、香料などを扱う製造業向けERP
また、加工や卸売りに特化したERPは、取り扱っている商品ごとに特化型ERPが提供されています。
- 鉄鋼や非鉄金属の流通業・加工卸業向けERP
- 食品卸売業向けERP
- 建材・木材卸業向けERP
こうした特定の業界・業種に特化したERPは、汎用ERPよりも自社の業務や仕組みに合った機能が実装されている可能性があります。利用できそうな特化型ERPがないか、探してみるとよいでしょう。
特定の業界・業種向けのカスタマイズが可能な汎用ERPを導入する
二つ目は、特定の業界・業種向けにカスタマイズ可能な汎用ERPを導入する方法です。一部の汎用ERPでは、次のような業種別モジュールを展開し、ニッチな業界・業種の企業でも利用しやすくしています。
- 製造業
- 建設業
- 運輸業
- アパレル業
- 食品業
- 鋼材業
- 通販業
- 出版業
- ビルメンテナンス業
- レンタル業
- 産業廃棄物処理業
こうしたカスタマイズ性の高い汎用ERPなら、パッケージシステムでありながらも、その事業特有の業務や仕組みに対応するERPを実装できるでしょう。また、イチからERPをカスタマイズするよりも、低コストかつ短時間でシステムを導入しやすくなります。
ERP導入を成功させるポイント
ERPは企業内のさまざまな部門に影響を与える、広範なシステムです。そのため、ERPを導入する際は、以下のポイントを押さえて効率的に導入プロジェクトを進めることが大切です。
ERPの導入の目的と目標を明確にする
ERP導入を進める前に、ERPを導入する目的や実現したい目標を設定し、ERPの対象となる業務領域を明確化しましょう。
例えば「負担の大きい販売管理や在庫管理を自動化したい」「経費精算のミスをなくし、他のシステムとシームレスにつなげたい」といった特定業務を中心とした目的・目標もあれば、「バックオフィス全体の工数を20%削減したい」など、複数部門にまたがる目的・目標を掲げることもできます。
目的や目標が定まれば、ERPの対象業務や必要な機能が明確になり、ERP導入の効果を見積もり、適切なERPを比較検討することが可能になります。
経営層がプロジェクトをリードする
ERPの導入は全社的な取り組みになることが多く、複数の部門から招集されたメンバーが協力して進めていく必要があります。時には、部門間で意見が対立することもあるかもしれませんが、その際には経営層が旗振り役として全体の方向性を示し、適切なタイミングで意思決定を行うことで、プロジェクトを進行しやすくなります。
また、主要部署の管理者もプロジェクトメンバーに入れておくと、意思決定のスピードが速くなるでしょう。
社内業務に精通したメンバーを参加させる
ERP導入のプロジェクトには、ERPが深く関与する社内業務に精通したメンバーを加えることが重要です。現場の意見を反映させることで、導入後にERPが活用されやすくなります。
導入プロジェクトでは、メンバーの部門や役職に関係なく、現場の意見を尊重しながら条件を詰めていくとよいでしょう。
ERPに合わせて業務フローを再検討する
ERP導入時に問題になりやすいのが、既存の業務フローとERPに設定された標準フローがフィットしないことです。これでは、ERPの標準フローから離れてしまい、業務効率化や業務改善が進まない可能性があります。
そのため、業務フローや業務内容のほうをERPに合わせて再検討することも重要です。ERPのベストプラクティスは、多くの企業事例を基に最適化されたものです。業務をERPに合わせることが、自社の業務効率化を実現する近道になるかもしれません。
導入前の研修と導入後の利用促進を行う
ERPを社員に効果的に活用してもらうためには、導入前の研修や、導入後の利用促進に力を入れることが重要です。特に、導入前に丁寧な研修を実施しておくことで、導入直後に社員から寄せられる問い合わせを減らせます。
ERP導入後は、利用状況をモニタリングし、利用が進まない部門や担当者に働きかけるとともに、ERP活用による成功事例を社内で共有するなどして、継続的に利用促進を図りましょう。
まとめ
ニッチな業界・業種の企業でも、ERP導入によって業務効率化や業務品質の向上を実現することが可能です。その手段としては、特定の業界・業種に特化したERPや、特定の業界・業種向けのカスタマイズが可能な汎用ERPの導入が挙げられます。
自社に最適なERPを探し、実際に利用する現場の声を反映しながらERPを導入して、社内業務を少しでも効率化していきましょう。
著者紹介:金指 歩
ライター・編集者。新卒で信託銀行に入社し営業担当者として勤務したのち、不動産会社や証券会社、ITベンチャーを経て独立。金融やビジネス、人材系の取材記事やコラム記事を制作している。