2024年 3月 5日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

生き生きと働ける幸せな職場の在り方とは(前編)

企画・編集:JBpress

幸せな社員は創造性が3倍、生産性は1.3倍に。「幸福学」で日本企業復活なるか

失われた20年が失われた30年になり、このままでは失われた40年になりかねない――。少子高齢化の進展や労働人口の減少で経済が停滞する中、日本企業が再び成長路線に転じるためにはどのような打ち手があるのか。幸福学研究の第一人者で、「幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高く、生産性は1.3倍高い」と説く慶應義塾大学教授、前野隆司氏に話を聞いた。

この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。

社員の生産性を高める「幸福学」とは何か

――幸福学とはどのような学問ですか。

前野 幸福学は、幸せについて心理学や統計学など、さまざまな観点から考え、その実行を支援するための学問です。

幸福学には「基礎研究」と「応用研究」があり、基礎研究では幸せに関するアンケート結果に統計処理を行い、統計学の視点から「幸せのメカニズム」を可視化します。例えば「感謝する人は幸せである」「自己肯定感が高い人は幸せである」といった具合です。

応用研究では、基礎研究の結果を商品や環境に落とし込んでいきます。人々を幸せにする商品、職場、街といったように、具体的なモノや環境を新たに考案したり、なんらかの体験前と体験後のアンケート結果から幸福度を上げるのに有効かどうかを統計学的に検証したりします。

こうしたデータ分析やアイデア発想を基に、「人はどうしたら幸せになれるのか」を言語化し、その実践に向けた取り組みを創造したり支援したりしています。

――企業経営においてウェルビーイングが意識されるようになるなど、幸福学につながる考え方が注目されている背景には、どのような社会の変化があるのでしょうか。

前野 先が読めないVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代になったのは大きな変化だと思います。

高度成長期には上意下達のピラミッド型組織が主流で、言われたことをきっちりやることが美徳とされていました。当時はそれが利益を最大化するために有効だったのです。

しかし、新たな技術やビジネスモデルが次々と出てくる時代には、「トップの言うことにすべての社員が従う」という働き方より、「社員それぞれが自ら考えて行動し、失敗から学んで前に進んでいく」というフラットな働き方の方が、企業としての強みを発揮できるのです。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)が良い例ですよね。

国内では、不況や少子高齢化など、社会的な不安要素が長きにわたって解消されていない点も、高度成長期から大きく変わった点です。経済成長が停滞している時代に人は悲観的になりやすいんです。

――社会が変化する中、日本企業はどのような課題を抱えているのでしょうか。

前野 長引く景気の低迷や、やらされ仕事によるストレスで社員が疲弊し、本来のパフォーマンスを発揮できなくなっているケースが少なくありません。加えて日本人は気質的に我慢強く、仕事は苦しくても歯を食いしばってやるべき、という倫理観から「楽しく仕事をするなんておこがましい」と考えがちです。

高いポテンシャルがあるにもかかわらず、日本企業の成長が伸び悩んでいるのは、こうしたところにも原因があるように思います。

――日本企業が抱える課題を解決するために、幸福学はどのような効果があるのでしょうか。

前野 日本企業は、先進国の中でも従業員のエンゲージメントが低いことが、米国の世論調査会社Gallupの調査で分かっています。従業員エンゲージメントとは、「会社に貢献したいという意欲」を指すもので、世界平均が20%のところ、日本は5%という結果となっています。つまり、人生の長い時間を仕事に費やしているのに、日本のビジネスパーソンは幸せな気持ちで働いている人が少ないのです。

幸福学の研究では、幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高く、生産性は1.3倍高いことが分かっています。おまけに離職率や欠勤率も低く、寿命も長いんです。

社員が幸せに働くことができれば、生産性が上がり、ビジネスを成長させるための創造的なアイデアも出てくるようになりますから、日本が抱えている課題の多くを解決できるはずです。

これまで多くの日本企業が、節約や改善という企業努力を重ねて成長を維持してきましたが、それももう限界に来ているのではないでしょうか。その結果、疲弊して辞めていく人が増え、若手社員が入ってこないという事態に陥っている企業も少なくありません。

社員の幸せを第一に考える経営に着手し、創造性や生産性を高めることに成功している企業も増えているので、こうしたトレンドが定着すれば、日本経済は浮上していくと確信しています。

社員が幸せな企業はなぜ、売上が伸びるのか