2014年10月 1日公開

専門家がアドバイス なるほど!経理・給与

【アーカイブ記事】以下の内容は公開日時点のものです。
最新の情報とは異なる可能性がありますのでご注意ください。

「今年も労働基準監督署が動き出す!」の巻

テキスト: 梅原光彦 イラスト: 今井ヨージ

賃金や残業代をきちんと払っているか、労働時間や休憩・休日は適正に把握しているか、などのチェックのため、労働基準監督署の「臨検」が行われます。秋口には調査が集中的に実施されることも多いので、その前にあらためて「臨検」に関する知識をおさらいしておきましょう。

「今年も労働基準監督署が動き出す!」の巻

労働基準監督署と臨検

労働基準監督署(労基署)とは

労基署は労働基準法違反について取り締まる行政機関です。具体的には賃金や残業代をきちんと払っているか、労働時間や休憩・休日についての規定もしくは実態は適法か、などをチェックします。労働基準法は労働行政の手続き等を定めているのと同時に懲役刑や罰金刑も定めています。

労働基準監督官とは

労働基準監督官は臨検監督や行政指導を行う行政官ですが、同時に「特別司法警察員」としての身分を持っています。従って監督官は会社の行為が悪質だと判断した場合、経営者などを送検(注)することができます。

(注)犯罪者・犯罪容疑者、また捜査記録・証拠物件を検察庁に送ること。身柄と書類等を送る場合と、書類だけを送る場合とがあります。

臨検とは

臨検とは、労働基準監督官による事業場への立ち入り検査のことです。前もって日時の連絡がある場合もあれば、全く通告なしに抜き打ち検査が行われる場合もあります。

目次へ戻る

臨検の種類

臨検の流れ

労基署による臨検は、さまざまな経緯で実施されます。本社、支店、営業所、工場、店舗など、どんな事業場であっても臨検が入る可能性があります。

臨検の主なパターンは次のとおりです。

【定期的に実施されるもの】

地域別、業種別(毎年の重点対象)、企業の規模別に実施されるもの。労働局および労基署の年度計画(労働行政方針)に基づいて実施される検査です。建設業、運送業、危険有害業務を行う製造業が対象になるケースが多く見られます。突然の立ち入りや、日時を指定された呼び出し等で実施されるなど、さまざまなケースがあります。

【労働者からの申告に基づき実施されるもの】

「申告監督」(労働基準法104条)といい、労働者の申告に基づいて実施される検査です。現場を見なければ労働法令違反状態の確認ができない場合を除き、事業主に「労基署への出頭命令」を発するケースが多く見られます。

【労働災害の発生に伴い実施されるもの】

災害が発生した場合、企業は直ちに所轄の労基署へ電話報告をしなければなりません。その連絡に基づき、労基署が事故現場の実況見分などの調査をします。

【その他】

「賃金構造統計調査」「労働時間・GW・夏季休暇等各種アンケート調査」といった労働行政に必要な情報収集のために各種調査を行います。

<臨検の流れ>

臨検の流れ

臨検では、監督官が事業場(工場や事務所)に立ち入り、機械・設備や帳簿などを調査して関係労働者の労働条件について確認を行います。その結果、法違反が認められた場合には事業主などに対して、是正を図るよう指導します。

目次へ戻る

臨検の目的

臨検の際に確認される点は、主に次の点です。

1.労働時間管理と残業代等の未払い有無の確認

法定三帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)、36協定届(時間外休日労働協定)(注)、就業規則、労働条件通知書(雇用契約書)などが主な調査対象書類になります。

(注)「知っておきたい労働基準監督署のお仕事」の巻を参照

「知っておきたい労働基準監督署のお仕事」の巻
https://mypage.otsuka-shokai.co.jp/contents/business-oyakudachi/expert-keiri-kyuyo/2014/201403.html

2.就業規則の届け出と周知の確認

労働者数が10人以上の事業場については、就業規則を作成し、所轄の労基署に届け出なければなりません。また、就業規則は、常時各作業場の見やすい場所に掲示するなど労働者に周知をしなければなりません。

3.従業員雇い入れ時の労働条件明示義務履行の確認

採用時に「労働条件通知書(雇用契約書)」を交付しているかどうか、その雇用契約の内容はどうか、が調査の対象となります。これは、事業主が労働基準法で定められた労働条件明示義務を履行していないことが、労使間トラブル発生の最大の原因となっているケースが多いためです。

4.安全衛生管理状況の確認

健康診断の実施状況と実施後の措置方法など健康管理についての確認です。

5.機械設備などの安全管理状況の確認

危険性の高い機械・設備などについては、その場で使用停止などを命ずる行政処分を行います。

目次へ戻る

臨検の実際

臨検では実際にどのような検査が行われているのでしょうか。「平成25年の定期監督等の実施結果」(平成26年5月30日東京労働局発表)を基に、その実態を見てみましょう。

違反件数が多い違反内容とその状況

臨検の実施件数は9,304件(対前年比340件増加 +3.8%)でした。営業日で計算すると、1日平均37件もの臨検が行われていることになります。
違反事業場数 6,612件 (対前年比138件増加 +2.1%)、違反率にすると71.1%となっています。以下、違反率の多い順に違反内容を紹介しましょう。

【労働基準法違反】

違法な時間外労働(2,623件)

週40時間、1日8時間を原則とする法定の労働時間の枠組みが確保されていないもの。労使協定届、いわゆる「36(サブロク)協定」のない時間外労働や労使協定で定めた時間を超える時間外労働を含みます。

割増賃金の不払い(2,047件)

時間外・休日労働、深夜労働に対する割増賃金を支払っていないもの。賃金不払い残業、いわゆる「サービス残業」のほか、実績に応じ支払っているものの単価計算に誤りがあるものを含みます。

労働条件の明示違反 (1,473件)

労働者を雇い入れる際には、雇用期間、就業場所、労働時間、休日、賃金等の主要な労働条件を書面で明示することとされています。しかし、これに反して書面を交付していないもの、または交付してはいるものの明示すべき事項が不足しているもの。

就業規則の作成・届出違反 (1,291件)

常時10人以上の労働者を使用する事業場に義務付けられている就業規則の作成を行わず、所轄の労基署に届け出ていないもの。必要な変更を行っていないものも含みます。

【労働安全衛生法違反】

安全基準違反(1,412件)

高さが2メートル以上の高所において、作業床の端に墜落防止のための手すりを設置するなどの安全基準に違反して作業を行わせていたものなど。

健康診断の未実施等(1,205件)

常時使用する労働者に、1年以内ごとに1回の定期健康診断を実施していないもの。

安全衛生管理体制(876件)

常時使用する労働者が50人以上いるのに、衛生管理者等を選任していないもの。

申告事件について

「申告」とは、労働者から労働基準監督機関に、違反事実の通報がなされることを言います。これを受理した労働基準監督官は、事業場への臨検等を実施して違反事実の有無を確認し、違反事実が認められた場合は、事業主にその是正を勧告し、改善させることで労働者の救済を図ります。

全国の労基署が、平成24年4月から平成25年3月までの間に、定期監督および申告に基づく監督等を行い、その是正を指導した結果、不払いになっていた割増賃金が支払われたもののうち、その支払額が1企業で合計100万円以上となった事案の状況は以下のとおりです。件数などは前年度よりも減少していることが分かります。

<監督指導による賃金不払い残業の是正結果(平成24年度)>

項目企業数/人数/金額前年比
是正企業数1,277社-35社
対象労働者数10万2,379人-1万4,623人
支払われた割増賃金合計額104億5,693万円-41億4,264万円

1企業での最高支払額は「5億408万円」(卸売業)、次いで「3億4,210万円」(製造業)、「2億9,475万円」(金融業)の順となっています。

送検について

労働基準法に違反するということは犯罪行為が成立しているということです。監督官は前述のとおり、「特別司法警察員」としての身分を持っており、会社の行為が悪質だと判断した場合、自身の判断で経営者などを送検することができます。

平成25年度の送検状況は以下のとおりです。件数はトータルでは前年度よりも若干減少していますが、違反事項別に見ると、賃金不払残業、労働時間・休日での送検事案は増加しています。

【「平成25年度司法処理状況の概要について」(平成26年5月30日東京労働局発表)】

送検件数:58件(前年度比-4件)

<主な送検事案の内容>

送検事案の内容件数
危険防止措置義務違反15件
賃金・退職金不払い11件
労働時間に関するもの5件
労災事故隠し5件
賃金不払い残業4件

目次へ戻る

臨検時の対応について

臨検では監督官が書類のチェックや現場の巡視を行います。必要に応じて、労働者から直接意見を聴取し、労働基準法や労働安全衛生法等に照らし合わせて、法律上問題がないかを確認します。

以下に確認書類や注意すべきポイントを紹介します。

主な確認書類

必要な書類については前もって労基署からの要請がある場合もあれば、抜き打ちで突然求められる場合もあります。
以下はあくまで例示です。なお、太字の4、6、7、9、10については、事業場に常に備えておかねばならない書類とされ、速やかに提出できないというだけでも是正勧告の対象となります。

<確認書類の例>

項番確認書類
1会社の事業概要
2組織図
3労働条件通知書、雇用契約書
4労働者名簿
5タイムカード、出勤簿および時間外・深夜労働時間を集計したもの(直近3カ月分程度)
6賃金台帳(直近3カ月分程度)
7就業規則
8年次有給休暇整理簿
9時間外・休日労働に関する協定届(提出控)
10事業場外労働・裁量労働に関する協定届、1年単位の変形労働時間制に関する協定届、フレックスタイム制に関する労使協定、その他各種労使協定
11総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医・安全衛生推進者の選任報告(提出控)および巡視記録
12安全・衛生委員会規程、委員名簿、議事録
13健康診断個人票、健康診断結果報告(提出控)

臨検時に注意すべきポイント

労基署から臨検の申し入れが入ったら、以下の点に注意しましょう。

【1. 臨検には誠意を持って対応する】

監督官からの質問や要請には誠意を持って応えることが大切です。労務管理はしっかり行うべきであり、その意思もあるのだという姿勢で臨みましょう。

【2. 速やかに確認書類を提示できるか】

確認書類はすぐに提示できるようにしておくこと。特に就業規則、36協定等の労使協定類、労働条件通知書(雇用契約書)および労働者名簿、賃金台帳の法定帳簿類については、提示できないこと自体が「是正勧告書」による指導の対象となるため、事業場ごとに書類を整備しておく必要があります。

【3. 労働時間管理の方法】

始業・終業の時刻を適正に把握することは会社の義務です。把握できていない場合、会社の最終退出記録やPCのログなどを確認し、労働時間の実態を調べます。
自己申告制であれば、実際の退社時間と労働者が申告している残業時間との乖離(かいり)がある場合は要注意。
年俸者や管理監督者も同様に労働時間を把握しなければなりません。

【4. 36協定の運用】

時間外労働に対する割増賃金は正しく支払っていたとしても、36協定の限度時間を超える長時間労働について厳しく指摘をされるケースが増えています。
そもそも、36協定で定める上限を超える時間外労働(注)は、法律違反となるのです。
また、特別条項付き36協定を締結している場合、特別条項発動までの手続きの流れ(労使協議、通告等の方法)についても、よく指摘される点です。

(注)1カ月45時間を超える時間外労働が行われないように指導されます。残業代を払えばよいという問題ではないということです。

【5. 割増賃金の単価】

適正な単価で割増賃金を算出しているか。通勤手当、家族手当等、労働基準法37条で定められたもの以外はすべて割増賃金の基礎となります。

【6. 振替休日の取り扱い】

休日に出勤し、労働日を休日に振り替えた結果、当該週の実労働時間が40時間を超えた場合は時間外労働としての割増賃金の支払いが必要です。

<休日を翌週の労働日に振り替えた場合>

日曜日の休日を翌週の労働日に振り替えた図

例えば、1週目の日曜日(休日)に出勤した場合、2週目の木曜日(労働日)に休日を振り替えることで、
1週目日曜日→労働日
2週目木曜日→休日
となります。
従って休日出勤とはならず、休日出勤としての割増賃金は発生しません。
しかしながら1週の労働時間は48時間となり、週40時間を超える労働が行われているため、時間外労働としての割増賃金(125%)以上の支払いが必要となります。

【7. 管理監督者の労働時間】

管理監督者といえども当然労働者なので、企業の安全配慮義務の対象となります。あまりに労働時間が長い場合は、管理監督者としての位置付けそのものに疑いが持たれるたれる可能性もあります。なお、深夜時間帯(午後10時~午前5時)に労働した場合の割増賃金は支払わなければなりません。

【8. 過重労働対策への取り組み】

1カ月45時間を超える時間外労働をしている労働者が多くいる場合は、時間外労働削減策や医師の面談への流れや実態などについて尋ねられることがあります。
割増賃金を法律どおり支払っていればよい時代ではなくなっているのです。

【9. 安全管理体制の確認】

健康診断実施の状況、衛生管理者、産業医の選任はできているか、衛生委員会の議事録の確認はできているか、などもチェックしておきましょう。

目次へ戻る

違反があった場合は

臨検の結果、違反があった場合は「是正勧告書」「指導票」が交付されます。

是正勧告書の交付

「所定期日までに是正の上、遅滞なく報告するよう勧告します。」との内容で是正勧告書が交付されます。当然、指定の期限までに必ず『是正報告書』を提出することを求められます。

是正勧告書には、「所定期日までに是正しない場合(中略)、送検手続をとることがあります。」との記述があります。是正に応じない場合や違反内容が重大・悪質な場合は、司法処分(送検)される場合があることを覚悟しておかねばなりません。

<是正勧告書の例>

是正勧告書の例

指導票の交付

「改善措置をとられるようお願いします。」という指導内容です。法律違反とまではいかないものの、通達、指針等に触れるような場合に交付されます。期限までに『改善報告書』の提出が求められます。

<指導票の例>

指導票の例

「是正勧告書」「指導票」報告のポイント

それぞれが交付された場合の注意点を紹介します。

【是正勧告・指導内容には誠意を持った対応を】

是正期日、報告期日を指定され(おおむね1カ月後)、改善結果を報告しなければなりません。ただし、必ずしも指定された期日までに改善をすることが求められているわけではありません。改善できない場合においても状況を報告することが大切。ほったらかしが一番よくありません。

【未払い賃金について「○○円の支払いを命じる」とは言われない】

指摘された未払い賃金の存在については、あらためて企業側で精査し、その結果不足分がある場合は、あるべき姿に正すことになります。これについてもいくら不足しているか根拠となる計算式を示し、その不足分を従業員に支払った旨、確認できる書類を提出します。

【監督指導を受けた事業場以外に事業場がある場合は?】

監督指導を受けるのは、原則として当該事業場(工場・支店等)のみとなります。当該事業場と同じ労基署管内の事業場、近隣の事業場、その他の地域に事業場がある場合などは、それらの事業場における対応も検討しておいたほうがよいでしょう。

【従業員が会社に対する不信感を醸成しないよう配慮を】

違反行為を是正することで、「わが社には労働基準法違反の事実があったこと」を従業員に認識させることになります。その結果、従業員の会社に対する不信感を醸成しないように心がける必要があります。指摘されたときだけではなく、将来にわたって改善を続けていくことが大切です。

目次へ戻る

臨検で慌てないために

労基署による臨検は、本社だけでなく、支社や支店、営業所、店舗など、どの事業場においても行われる可能性があります。これまで一度もなかったとしても、これからも臨検が入らないとは言えません。今まで一度も臨検が行われていない事業場を優先的に対象とする傾向もあるようです。いつ臨検が行われても問題とならないように以下のチェックポイントを使ってあらためて自己チェックしておきましょう。

<チェックリスト>

項番チェックポイント
1すべての労働者の実労働時間を適正に記録し、管理していますか?
2賃金台帳に労働日数、労働時間等が記載されていますか?
3「管理監督者」にふさわしい「職務内容」「責任と権限」「勤務態様」「賃金等の待遇」を与えていますか?
4何年も前に作成した就業規則をそのまま放置していませんか?
5就業規則および36協定を各作業場に備え付けて全従業員に周知していますか?
6法律で定められた所定の事項すべてが就業規則に網羅されていますか?
736協定を超える時間外労働が行われていませんか?
8時間外労働の累計時間数を月の途中で把握できるようになっていますか?
9労働条件通知書(雇用契約書)を作成・交付していますか?
10労働条件通知書(雇用契約書)の内容について、法律で定められた所定の事項がすべて記載されていますか?
11安全衛生管理体制(衛生管理者、産業医等の選任・届け出)に問題はありませんか?
12安全委員会・衛生委員会を毎月開催して、その議事録を3年間保存していますか?
13法定健康診断を実施して、その記録を5年間保存していますか?
14長時間労働を行った者、健康診断で異常の所見ありと診断された者に対して必要な措置を講じていますか?
15労災事故防止(注)のための労働安全衛生法令を順守していますか?

(注)特に、建設業は墜落・転落災害防止、運送業は交通事故災害防止、製造業は挟まれ・巻き込まれ災害防止がポイントです。

目次へ戻る