2021年 4月13日公開

【連載終了】専門家がアドバイス なるほど!経理・給与

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「副業社員の労働時間管理について」の巻

テキスト/梅原光彦 イラスト/今井ヨージ

  • 経理

多様な働き方が広がりつつある現在、社員の副業や兼業を認める会社が増えています。副業・兼業を希望する社員に雇用主はどのような対応をすればよいのでしょうか。今回は副業・兼業社員の労働時間管理を中心に知っておくべきポイントを解説します。

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副業の基本ルール

副業・兼業(注)で二重就労となる社員を雇用する際、雇用主として注意すべきことは何でしょうか。まずは労働者の権利について知っておきましょう。

副業に関する裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるとしています。そのうえで、各企業においてその自由を制限することが許されるのは、次のような場合であると例示しています。

  • 労務提供上の支障がある場合
  • 業務上の秘密が漏えいする場合
  • 競業により自社の利益が害される場合
  • 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

現状、多くの企業では副業について就業規則で禁止または許可制とするケースが一般的です。しかし、上記の例を除けば原則として副業は労働者の自由ということになります。また働き方改革の観点からも労働者が多様な働き方を選べる職場環境づくりが重要となっていることから、就業規則に副業のルールを定める場合には「禁止」ではなく「原則認める」方向で検討することが適切といえるでしょう。その際には、後に説明する「労働時間の自己申告」や「健康状態の報告」についても定めておくことをおすすめします。

(注)副業と兼業はいずれも「収入を得るために本業以外の仕事を行うこと」です。両者の違いは法律上も行政文書上も特にないので、ここでは合わせて「副業」とします。

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労働時間の「通算ルール」

労働時間の上限

本業に加えて副業を始めるとなると、当然ながら副業社員の労働時間は増加します。いくら増えてもそれは本人の自由意思によるものではありますが、だからといって使用者に関係がないとはいえません。労働基準法では、労働者が業務に従事する労働時間の上限が次のように定められているからです。

  • 使用者は労働者に休憩時間を除き、週40時間を超えて労働させてはならない
  • 1週間の各日について、使用者は労働者に休憩時間を除き、1日8時間を超えて労働させてはならない

この上限を超えて業務に従事する場合は法定外労働となるため、使用者である企業は労働者に対して「割増賃金」(いわゆる残業代)を支払わなければなりません。この原則は社員の副業が原因で労働時間が増えた場合でも同様に適用されます。このため企業は次に述べる「通算ルール」に基づき、副業社員の労働時間管理を行う必要があります。

通算ルール

副業社員の労働時間は、異なる法人の間で通算するという決まりがあり、これを「通算ルール」といいます。労働基準法(第38条1項)によると、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」としています。この条項は「本業・副業で使用者(雇用主)が異なる場合にあっても、雇用関係が発生しているならば双方の労働時間を通算する」と解釈されています。従って本業・副業で通算した労働時間が法定労働時間を超えた場合、割増賃金の支払い義務が発生することになります。

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割増賃金の支払い義務

割増賃金の原則

厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表しています。このガイドラインでは、複数の企業で働いた結果、法定労働時間を超過した場合の割増賃金の支払い義務について定めています。

(1)労働契約の締結順に所定労働時間を通算し、法定労働時間を超える部分がある場合は、後から労働契約を締結した方が支払義務を負う

(2)所定外労働の発生順に所定外労働時間を通算し、法定労働時間を超えて労働させた場合には、当該所定外労働をさせた方が支払義務を負う

(1)では労働契約の締結順を問題にします。例えば、先に契約したA社で昼間6時間勤務をしている社員が、B社で夜間3時間勤務という契約をする場合、後から労働契約を結んだ(雇い入れた)B社が法定労働時間を超過した1時間分の割増賃金の支払い義務を負うということです。

割増賃金支払義務

(2)では所定外労働の発生順を問題にします。例えば(1)の社員が、A社で2時間の残業をした場合、B社と通算した労働時間が法定労働時間を超過しているので、2時間分の割増賃金の支払い義務はA社にあるということです(B社の割増賃金1時間分の支払い義務は変わりません)。

(1)は契約時点での原則、(2)は実際働いた際の原則ということになります。いずれもA社とB社が社員の契約時期や所定労働時間、実際の残業時間を正しく把握していることが前提となるルールです。現実には人によって雇用契約の内容が異なり、A社とB社の労働時間の配分にさまざまなパターンがあります。幾つか例を挙げてみると――

(1)同じ日に本業で8時間、副業先で5時間働いた場合

本業であるA社と「所定労働時間8時間」の雇用契約をしている社員が、副業先B社と「所定労働時間5時間」の雇用契約をして、同じ日にそれぞれの所定労働時間働いた場合、A社では、既に法定労働時間である8時間働いているため、B社での労働時間(5時間)は全て残業扱いとなり、割増賃金の支払いが必要となります。

(2)本業で月~金8時間ずつ働いて休日に副業先で5時間働いた場合

本業であるA社と「月曜日から金曜日、所定労働時間8時間」の雇用契約をしている従業員が、副業先B社と「土曜日に所定労働時間5時間」の雇用契約をし、それぞれの雇用契約通りに働いた場合、A社で既に法定労働時間である週40時間働いているため、B社での土曜日の労働(5時間)は全て残業扱いとなり、割増賃金の支払いが必要となります。

(3)本業と副業先、それぞれで所定労働時間を超えて働いた場合

本業のA社と「所定労働時間3時間」の雇用契約をしている社員が、副業先B社と「A社と同じ曜日に所定労働時間3時間」の雇用契約を結んでいるとします。ある日、A社で5時間働いて、B社で4時間働いた場合、1日8時間という法定労働時間を超えるため、その時点で仕事をしていたB社が1時間分の残業代を支払うこととなります。A社で2時間の所定外労働をしていなければB社での残業代は発生しませんでしたが、それでもB社に支払い義務が生じます。

原則では、通算した労働時間のうち「法定労働時間を超えた時点で働いている会社」で支払い義務があるとされます。多くの場合、後から雇用契約を結ぶことになる副業先企業は、社員の労働時間に応じて相応の割増賃金を支払う義務を負うということを認識しておく必要があります。

労働時間の自己申告制

本業会社と副業先の会社で、どちらが割増賃金を払うかは、両社が副業社員の雇用契約内容と実際の労働時間を把握していなければ決めることができません。しかし、現実にはほかの企業と一体的に労働時間を管理・把握するのは相当難しいといわざるを得ません。
そこで重要になってくるのが労働者からの自己申告です。社員の側から言いづらいこともありますが、通算ルールを正しく運用するためには、自社の労働時間だけでなく、もう一方の会社での労働時間を社員に申告してもらうことが不可欠となります。
従って、副業を希望する社員との間では、副業先での労働時間を申告してもらうためのルールもあらかじめ定めておくとよいでしょう。

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「管理モデル」の導入

社員からの申告で、他社における労働時間を正しく把握することが望ましいのですが、実際に情報共有を継続していくことは企業側も社員側も負担となります。
そこで、厚生労働省では、両者の負担を軽減し労働基準法を順守しやすくなる簡便な労働時間管理の方法として「管理モデル」の導入を推奨しています。

管理モデルとは

副業の開始前に、A社(先に契約)の法定外労働時間とB社(後から契約)の労働時間を通算して、法定労働時間を超えた時間数が時間外労働の上限(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)となるように、両社の労働時間の上限を設定します。そのうえで、それぞれが設定した労働時間の範囲内で労働させるという方法です。

これによって、副業の開始後はあらかじめ設定した労働時間の範囲内で労働させる限り、他社の実労働時間を把握しなくても労働基準法を順守することが可能となります。仮に法定外労働時間が発生した場合は、A社が「自社における法定外労働時間分」を、B社が「自社における労働時間分」の全てについて割増賃金を支払うことになります。それでも本業先・労働者との間で労働時間を申告し合う手間がなく、法令違反も避けられるという点ではメリットがあるといえるかもしれません。

管理モデルの成立

「管理モデル」は、副業を行おうとする社員に対してA社(先に契約)が管理モデルによって副業を行うことを求め、社員と、社員を通じて使用者B社(後から契約)が応じることによって成立します。割増賃金を払うことになるB社が応じるかどうかはともかく、こうした管理モデルを導入することで、適正な労働時間管理が可能になることは知っておく必要があります。

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まとめ

総務省の「就業構造基本調査」によれば、副業を希望する労働者は年々増加傾向にあります。ここでは分かりやすくするため「本業=A社」と「副業先=B社」という形で分けましたが、今後は本業も副業もなく、A社、B社、C社でそれぞれ3時間、3時間、3時間と働くようなケースも出てくるかと思われます。しかし、副業を許可した企業が社員の過重労働を防止するうえでの安全配慮義務を負うことに変わりはありません。その意味でも副業社員の労働時間管理は重要だといえるでしょう。

長時間労働の防止

副業によって長時間労働になり、社員の健康が損なわれることがないよう、労使でコミュニケーションを図り、労働者の健康確保に必要な措置を講じることが大切です。副業の許可に当たって、「長時間労働により健康を害する恐れがある場合」は認められない旨を就業規則に定めておくことも一つの方法です。

また、労働者側は、副業先を含めた業務量やその進捗(しんちょく)状況、それに費やす時間や健康状態をしっかりと自己管理する必要があります。同時に、副業先での業務量や自らの健康状態等について企業に報告することが求められます。

副業時の労災保険

労働災害が発生した場合は、基本的に労働災害が発生した就業先の労災保険を使用することになります。その場合の労災保険給付額の算定について、従来は労働災害が発生した就業先の賃金分のみに基づき給付額が決定されていました。しかし、2020年9月1日からは本業、副業先全ての勤務先の賃金額を合算した額を基礎に給付額が決定されるよう法改正されました。一般に副業先での賃金は本業に比べて低額であることが多く、仮に副業先で労働災害に遭い、本業でも一定期間働くことができなくなった場合でも、副業先の賃金で給付額が決定されてしまうため、休業補償給付が低額となってしまう問題があったからです。

以上のように、適正な割増賃金の支払いを行うためにも、過重労働を防止するためにも、労働時間管理は重要です。シフト表を作成し勤務時間を事前に明確にしておくこと、そして副業先の労働時間の把握、副業先への労働時間の報告を行う体制を整備したうえで副業を許可することが望ましいといえます。さらに、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務に加えて、労働時間の報告義務も含めて誓約書として取り交わしておくことや、就業規則を変更しておくこともおすすめします。

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