1. 従業員への損害賠償について
ミスを繰り返すような、いわゆる「問題社員」と呼ばれる従業員に対して、そのミスから生じた損害について賠償請求はできるのでしょうか。
従業員に対する損害賠償請求
従業員の行為(ミス、失敗)の結果、会社に損害が生じた場合、民法の一般原則(債務不履行や不法行為)により、会社は従業員に対して損害賠償請求ができると考えられます。しかし、実際の判例の上では「責任制限の法理」という考え方が採用されていて、従業員に対する会社からの損害賠償請求は一定の制限を受けるとされます。すなわち、従業員に軽過失しかない場合(故意や重過失がない場合)には免責される傾向にあるのです。仮に賠償請求の裁判をしても「使用者と労働者を比べると労働者は明らかに弱い立場にある」「使用者は労働者を働かせて利益を得ているので損害についてもある程度は分担する必要がある」といった理由で会社側に厳しい判断が下されることが多いということです。
問題社員の賠償責任を問うために裁判で考慮されるのは次の3点です。
- 従業員の過失の程度はどのくらいか
- 会社側の管理体制に問題はなかったか
- 過失を防止するための措置をとっていたか
会社が業務上のミスをした従業員に損害賠償請求するためには上の3点について明らかに主張できる体制を整えておかねばなりません。例えば、ミスの内容については、何月何日にどのような業務ミスがあり、会社にどのような損害を与えたのかを説明できるよう記録に残しておく必要があります。
請求できる損害額
従業員に損害賠償義務が認められる場合であっても故意によるものでない限り、社員に請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いのがこうした裁判の実情です。賠償義務を負う損害額は、損害の公平な分担という見地から「信義則上相当」と認められる限度に制限されると考えられるためです。
身元保証人への請求
従業員に対し損害賠償請求できる場合であっても、身元保証人に対し同額の損害賠償請求ができるとは限りません。裁判所は、身元保証人の損害賠償の責任およびその金額を定めるにあたって、従業員の監督についての会社側の過失の有無や、身元保証人が身元保証をなすに至った事由などさまざまな事情を斟酌(しんしゃく)するものとされているので、賠償額はさらに減額される可能性があります。また、身元保証の最長期間は5年であり、自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です。
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2. 賃金との相殺/罰金制度について
損害賠償金と賃金との相殺
労働基準法24条1項は、原則として賃金はその全額を支払わなければならないと規定しています。労働者が賃金を確実に受け取れて生活に不安のないようにすることは、労働政策の観点から極めて重要との考えから設けられた規定です。従って、この規定は、会社が従業員の賃金と損害賠償金を相殺できないことを意味するものと解釈されています。
罰金制度もNG
従業員がミスを犯して会社に迷惑をかけた場合に備えて、「罰金制度」のような賠償の約束を事前に従業員との間で決めておこうとする経営者もあるかもしれません。しかし実は、「〇〇したら〇万円」といった損害賠償額の事前の取り決めは認められていません。労働基準法は「損害賠償額の予定」を禁じているからです。
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3. 懲戒処分は可能か?
ミスの理由が本人の意欲や心構えの問題ではなく、単に能力不足であれば懲戒処分は難しいといえます。能力が不足する者を、そのポジションに配置した会社側にも責任があるからです。単に能力不足ということであれば、教育指導や配置転換を考えるべきでしょう。一般には以下の順で段階的な処分が求められます。
- 業務上のミスについてはまず人事評価、指導研修、配置転換等で対応
- それでも直らない場合には戒告・けん責など軽めの懲戒処分
- ミスが重大であったり、懲戒処分を受けても繰り返したりした場合にはさらに重い処分も検討
従って一般的には、故意や重大な過失がない限りは「けん責」等の軽い処分にとどまることが多いといえます。減給や出勤停止以上の重い処分は、複数の懲戒処分をしてもミスが改まらない時などに限定すべきだと考えられています。
懲戒処分の事例
懲戒処分の対象となるのは、以下のような行為です。
- 就業規則や風紀を著しく乱す行為
例:遅刻や無断欠勤が著しく多い場合や、従業員に対する言動がハラスメントと見なされた場合など
- 業務上の背任行為
例:横領や贈賄など、業務上の不当行為をした場合など
- 犯罪行為や公序良俗に反する行動
例:痴漢や飲酒運転などの犯罪行為が発覚した場合など
懲戒処分のレベル
問題のある従業員に対しては、制裁として懲戒処分もありえます。懲戒処分には、「注意」の意味を持った「戒告」から「懲戒解雇」まで7段階あります。
戒告
「今後行わないように」と口頭や文章で注意します。
けん責
始末書を出すレベルの問題を起こしたため、「今後は二度と起こさないように」と誓約を結ばせる指示する処分です。
減給
給料を差し引きます。差し引く金額は、一回あたり平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、複数回規律違反をしても、減給の総額が一賃金支払期の金額(月給なら月給の金額)の10分の1以下でなくてはなりません。
出勤停止
一定期間の出勤停止を命じます。出勤停止中は勤務ができないため、賃金が支払われません。
降格
役職や職位などのポジションを下げる、あるいは職能資格を取り上げることを指します。
諭旨解雇
従業員との間で話し合いを設けた上で退職を促します。諭旨解雇の場合、退職届を提出すれば自己都合退職として扱われることがあり、その場合は退職金などが支払われます。
懲戒解雇
退職金が支払われず、履歴書にも懲戒解雇と記載しなければならないなど、労働者にとって最も重い懲戒処分です。
懲戒解雇をするための条件
最も重い懲戒解雇を有効とするためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 懲戒事由として「度重なるミスの発生」をあらかじめ就業規則に定めておくこと(注1)
- 従業員の「懲戒事由に該当する行為」を事実調査で確認し、証拠化すること
- ミスの内容や社員の勤務歴に照らして懲戒解雇が不当とは言えないこと
- (注1)単に就業規則に定めるだけでなく、従業員に対して適切に周知しておかねばなりません。
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4. まとめ
従業員のミスを防止するには、そもそもそうしたミスが生じないような仕組み作りと事前対策が重要です。第一に、慎重な採用。応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。第二に教育。業務マニュアルを整備し、しっかり指導することです。第三に従業員の適性に合った配置。ただし、業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されている会社でない限り、業務上のミスを減らすことは困難です。もしもの場合に備えて保険加入しておくリスクマネジメントも必要です。本文に紹介した懲戒処分は最終手段と考えてください。退職勧奨や解雇は、能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
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