2022年12月23日公開

特集・企画

まっさらから理解するメタバース超基礎1(概要編)

一歩先を行く企業が使う「仕事に使えるメタバース」

産業革命のような「大きな変化」を受け入れた社会が後戻りすることはありません。インターネットが登場した当時、どれほどの経営者や管理職の人々が「あらゆる業務がネットにつながり、ICT化する」と確信していたでしょうか。ビジネスでのインターネット利用と同じような変化が今、あらゆる業界・業種で進行しています。現在進行中のその「変化」こそ、経営・業務におけるメタバースの活用です。

熟練技術者が現場を去り、顧客と長年の厚い信頼関係を築いてきたエース社員も次々と引退する「大量退職時代」が社会問題となってからはや10年以上。一方でビジネススピードは加速しており、かつてのような悠長な人材育成・教育投資を続ける時間的猶予はありません。そうした事業環境の変化をどう乗り越えるか。それは社会の変化だけでなく、足元である社内の状況にどれだけ誠実に向き合っているかにかかっています。

リアルの業務とデジタル技術を融合して仕事の効率・効果を劇的に高めるべく、一歩先をいく企業ではメタバースの現場活用がすでに進行中なのです。

物理空間と重なり合う「もう一つの現実(リアル)」

メタバースと聞いて、テレビでの露出が増えている「Vtuber(ブイチューバー)」や「バーチャル美少女キャラクター」を最初に思い浮かべた場合、あなたは相当な情報通です。しかしメタバースは、そうした仮想空間を楽しむためだけの技術ではありません。

事実として、メタバースはICT技術の急速な進歩に伴い、エンターテインメント分野での応用が盛んです。しかしすでに、一昔前のSF映画やゲームでの演出のような「非現実空間で遊ぶ」といったクオリティのものではありません。「デジタル化した自分自身がもう一つの『リアル空間』で日常生活や業務を行う」といった水準に達しています。メタバースは、物理空間と仮想空間(デジタル世界)が重なり合う、新しい現実(リアル)なのです。

日常的にメタバースを使うことは、いわば物理空間と仮想空間の両方に身を置くことにほかなりません。ユーザーがリアリティを強く感じられるかどうかにおいて、重要となるキーワードが「没入感(ぼつにゅうかん)」です。デジタル世界に入り込み、一体化したようなリアルな体験(感覚)こそが、メタバース利用における一つの尺度だといえるでしょう。

そうした没入感のあるメタバースを実際の経営・業務ではどのように活用しているのでしょうか。メタバースが実際の業務現場で利用されている先進事例をまずはご紹介します。

経営課題解決につながる「現場に寄り添った技術」

広義のメタバースには、物理的に施工・構築する際にコストや危険を伴う構造物・建築物をコンピューター上で完全再現(デジタルツイン)して業務に利用したり、若手の現場作業員に対して熟練技術者がリモートで指示したりする先進技術の活用も含まれます。つまり、メタバースは企業の経営課題を解決する「現場に寄り添った技術(テクノロジー)」でもあるのです。

例えば、アメリカのあるモノづくり企業の現場では、新人の作業者が装着したARグラス(拡張現実用メガネ:ガラス面に映し出すデジタル情報を現実空間と同時に見られるようにする装置)とイヤホンを使って、作業チェックと指示をリアルタイムに行っています。カメラやマイクで捉えられる視覚や聴覚情報はもちろん、作業中の「力(圧力)の入れ具合」といった触覚情報もセンサーによって検出可能です。従来は長時間の実技研修が不可欠だった業界でも、短時間の研修後に社員をすばやく現場へ送り出すことができます。

こうした取り組みでは、事前に登録された図面や作業手順にのっとって作業しているかをAI(人工知能)がリアルタイムにチェックできるため、間違えた部品を使いそうになったり、手順を誤ったりしたときにはすぐにアラート表示等により気づくことができます。これによって作業ミスが劇的に減るだけでなく、作業者は熟練の先輩がそばにいるような安心感を得るなど、従業員満足度の向上にも成功しているようです。

また、ドイツのある自動車会社のプラント建設技術部門では、納入された工具の検査工程で物理空間とデジタルデータを合成する技術を使用しています。多種多様な工具のデータと照合し、仕様と一致しない場合は即座に検出できる仕組みです。これによって、不備のある工具を使うことで生じていた故障リスクと修理コストの削減を成し遂げました。

メガネ型のARグラスだけでなく、視界を完全に覆うVR(仮想現実)用ゴーグルも多くの業務現場で利用されています。ある国際的な運輸企業では配送に関する研修にVRゴーグルを活用しているほか、医療分野では医師の手術シミュレーションやトレーニングはもちろん、小児病棟での子どもたちのリハビリのために、仮想空間の「庭」を使った治療プログラムが行われています。

日本国内でも大手企業と大学が協働へ

さらに日本国内では、東京大学と大手ゼネコンの共同研究で、リアルの地形データやCAD(コンピューターによる設計)のデータ、作業員や環境の情報を組み合わせて「建設予定地にバーチャルのビルを出現させて施工管理に使う」といったデジタルツインの応用研究を進めています。こうした取り組みは土木・建設現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)であると同時に、物理空間にデジタルデータを重ね合わせるMR(複合現実)の活用事例だといえます。

こうした利用例では、実際の物理空間に「人やモノが入るとどうなるか」「状況や時間の変化がどのように影響するか」といった没入感のあるシミュレーションが実現します。従来の平面での表現ではなく、人の視点・視野に重ね合わせた立体表現による「分かりやすさ」「実感できるリアリティの高さ」はメタバースならではの効果だといえるでしょう。

産業界における「バーチャル活用」の歴史は長い

これらのような先進事例は、メタバース関連技術の登場とともに突然現れたのでしょうか? 実はそうではありません。CG(コンピューターグラフィックス)を使ったバーチャル技術と物理空間を組み合わせる試みは、産業界ではすでに半世紀近い歴史を持っています。

まず、メルセデス・ベンツが世界初のバーチャル・ドライビングシミュレーターを発表したのは1985年です。実車をCGプロジェクターで取り囲み、ドライバーが危険運転する状況を再現して、安全性能向上の研究ができるようになりました。

それをさかのぼること1960年代、日本航空は日本で最初のフライト・シミュレーターを乗員訓練に採用しました。ボーイング707と並んで20世紀を彩ったジェット旅客機、ダグラスDC-8の「飛行訓練機装置」は当時の価格で4億円。6000本の真空管を持つコンピューター制御だったと言われています。

現代のスマートフォンが、当時のコンピューター機器を凌駕する性能を持っていることは自明です。では、往時と現在とで決定的に異なっているのは何でしょうか。実はこれが現在のメタバースを構成する鍵となっているのです。

メタバースの技術的要素

過去のシミュレーター機器とメタバースの差は、幅広い領域の技術の組み合わせとその応用にあります。つまりメタバースは単体の技術で成り立っているのではなく、さまざまな先進技術の高度な複合によって実現している点で、従来の類似技術とは異なっているのです。

ITインフラ

メタバースはインターネット上に構築されるサービスの総称であるといえます。その基盤にはクラウドが使われ、高い処理性能を持つCPU(中央処理装置)やGPU(画像処理装置)を搭載するサーバー群がそれを支えます。また、分散システムが多数のユーザーの動きや反応のデータを受け取り、瞬時に処理して立体画像で応答することで、サービスの持続性や柔軟性を実現しています。

高速大容量通信技術

莫大なデータ量を送受信するメタバースにおいては、高速大容量の通信インフラが必須です。特にモバイルの分野では高信頼・低遅延や多数同時接続の特徴を持つ5G通信の登場で、メタバース時代の通信環境が整ったといえます。入出力のデータ、IoT(モノのインターネット)のセンサーから集まる膨大なデータを扱うインフラこそが、メタバースの土台だといえるからです。

各種機器(デバイス)

ヘッドマウントディスプレイ(HMD)のVRゴーグルやメガネ型のARデバイス、あるいはスマートフォン、タブレット、パソコンなどがユーザーとの物理的な接点です。精細な映像出力やリアルタイムな「空間内の向き、動き」を検知できるハードウェアの性能向上は、ユーザー体験やサービスの品質に直結しています。

3D空間の設計と構築、3Dオブジェクトの制作

リアリティの高い美麗な映像を、最適な方法で描画・処理する3D(3次元)CG技術がメタバースの具現化には不可欠です。エンターテインメント産業で洗練された映像・3D技術も、元をたどれば産業界にルーツがあります。研究機関で生まれた無骨なCG技術が、アートやショービジネス、エンターテインメントの世界で究極まで磨き上げられて産業界へ帰ってきたともいえるでしょう。

コミュニケーション、エンタープライズサービス、エンターテインメント

ビジネス現場での活用に限らず、ユーザーがメタバースで体験する「コト」はさまざまです。業務現場での活用やサービス利用、あるいはコンテンツ消費であれ、実際の活用フィールド(ユースケース)はこの領域にあります。

メタバースを構成するこれらの技術の市場を合計すると、その規模は100兆円レベルに達すると複数の調査会社が発表しています。利用者側としてだけでなく、もし自社が供給側プレーヤーである場合はメタバース全体の産業構造を理解し、非常に裾野の広いこの新・巨大市場におけるポジションを再認識することも重要だといえるでしょう。

メタバースは「すぐに儲かる」か?

さて、では企業がメタバースにすぐ参入すれば、今期の売上向上に直結するような短期的なリターンにつながるのでしょうか。答えは「(まだ)ノー」。消費者向けの施策など、ごく一部の営業現場での活用を除けば、メタバースの活用で商機をつかむには長期な視点での取り組みが必要です。

設計や製造の領域はもちろん、土木工事やライフラインなどの社会インフラに関わる仕事の在り方も根底から変えていくメタバースは、ヒトが生きる空間の未来像のようでありながら、実は地味な変革の積み重ねであるともいえます。しかしすでに「もう一つの現実」の中で、多くの先進企業は成果を上げているのです。

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