2022年12月23日公開

特集・企画

まっさらから理解するメタバース超基礎2(準備編)

物理空間と仮想空間の「重なり度」が異なるメタバース

前回は、物理空間と仮想空間(デジタル世界)の両方に身を置きながら日常生活や業務を遂行する新しい現実について解説しました。そのキーワードは「没入感」。物理空間での体験では、だれもがリアリティを感じているように、仮想空間での活動でも高い体験価値を得ることを意味します。これがメタバースを業務現場で応用するうえでのポイントであり、経営者や現場の管理者を悩ませる課題の解決策に結びつくのです。

連載第2回となる今回は、広義のメタバースとしてひとくくりにされているVR、AR、MR(そしてXR)の違いの把握から始めましょう。

メタバースの入り口はどこにあるのか。それは人間の誰もが持つ認知能力、大多数の人にとっては「視覚情報」に関連するデバイスがメタバースとの接点となります。

しかしAR やVRの違いは、そのままメタバースの種類やコンセプト、方向性の違いでもあります。一方、2次元(平面)であるスマホやパソコンの画面上であっても没入感の差はありますがメタバースへの入り口として十分に機能します。

なおメタバースにおいては物理空間も仮想空間も、どちらも「現実」です。二つの現実の重なり度合いの違いとして理解すべきであり、仮想現実を非現実や虚構と捉えることは誤りだといえます。

VR(バーチャル・リアリティ:仮想現実)

3DCG(3次元コンピューターグラフィックス)によって構成された空間の中に入り込み、仮想空間を歩き回ったり、提供されるサービスを受けたりします。ブラウザー画面など平面上で体験できるものも含まれますが、完全に視界を覆うVRゴーグルの着用は没入感が特に高く、VRの真価が分かります。

視界の全方位に立体空間が広がっているので振り向けば背後が見え、その場に実際にいる感覚を強く受けます。ゴーグルの外の物理世界とは隔絶しており、まったく違う世界へ入ったことを感じられるでしょう。ただしVRゴーグル自体は3D空間を、よりリアルに表現するツールにすぎませんし、VRゴーグルはメタバースの必須条件ではありません。

また、VRゴーグルには、顔の向き(頭部の上下・左右の角度や回転)のみを検出する「3Dof」(3 Degree of Freedom:スリードフ)や、それに加えて体の向き(前後左右・上下への移動)までも検出する「6Dof」(6 Degree of Freedom:シックスドフ)の二つのタイプがあります。6Dofの機種の方がよりアクティブに動けるため、VRの世界のリアリティを強く感じられます。一方で6DoFは多くが高額な機種であるほか、動き回るための物理空間が必要です。

VRでは視野全てが「投影されたバーチャル空間」となるため、ユーザーを「その場所ではない別の場所」へ連れ出すことが容易です。業務への応用においても、研修や訓練を始めとしてさまざまなユースケースがあります。

ただVRは、狭義のメタバースの入り口ではあるものの、現実情報との重なりが弱く、特定用途の狭い範囲内で利用されることが多くなりがちです。継続的な空間体験の場としてはさほど適していないことも覚えておきましょう。

AR(オーグメンテッド・リアリティ:拡張現実)

眼前に広がる物理空間に仮想現実のデータやビジュアルを付加して表示する技術です。ベースとなる物理世界に付加情報を載せて表示するという点で、VRとは逆のアプローチで成り立っているともいえます。

ARは日常生活をより良くするツールやエンターテインメント、さらにはビジネス現場での応用まで、幅広い用途が見込まれます。カメラで読み取ったデータをバックグラウンドのAIがリアルタイムで分析して表示すべき内容を生成、ARグラスを装着した社員の目の前に、物理空間に重ねる形で情報を投影するなどの使い方が容易に想像されます。

使い方の具体例として、倉庫や店舗での在庫管理や出荷業務で一般的だったハンディスキャナーなどの端末はARグラスに置き換えることが可能です。操作は従業員の視線や音声で行えるようになるため操作がハンズフリーになり、作業効率の向上が見込めます。ARグラスを使わない場合でも、スマホやタブレットもARデバイスとして有効な選択肢です。

MR(ミクスト・リアリティ:複合現実)

スマホやARゴーグルなど、デバイスのカメラを通じて映す物理空間に、デジタルデータや別のビジュアルを立体的に重ね合わせる技術です。ARが「情報の平面的な付加」であるのに対し、MRは仮想空間を物理空間上に重ね合わせる(立体的に複合させる)点で異なります。物理的な空間に3次元デジタル情報を合成するため、強い臨場感と没入感を表現できる点が特徴です。

ビジネスでは建設現場での応用例が挙げられます。建物に着工する前に図面をもとにした3DCGデータをデジタルツインとして作っておき、現地(建設予定地)で物理空間に重ね合わせて表示させることが可能になります。内装の施工前にインテリアを現場で確認することなどにも使えるでしょう。

あるいは現場では物理的に未完成な骨組みだけの建築物に顧客の要望に沿った構造や外装をMRで重ね合わせて見せる、などにも有効です。ユーザーの眼前にある物理空間上にデジタルの構造物を融合する特性を持つMRは、アイデア次第でビジネス現場での応用の幅が非常に広いといえるでしょう。

XR(クロス・リアリティ/エクステンデッド・リアリティ)

XRは特定の仮想空間技術ではなく、VR、AR、MRを総称する単語です。そのため小文字の「x」を使って「xR」と表記するケースもあります。

メタバースをビジネスで利用するうえでは、通信技術やデバイスを含めた環境の構築と、3DCGで表現するコンテンツの制作を両輪で回す必要があります。経営者はもちろん、現場従業員にも自由な発想力とビジネス創造力が求められる新時代が始まります。

価値を高めるメタバース内の「経済圏」

ここまで本連載ではメタバースが企業経営・事業活動にどのような変化をもたらすかを検討してきました。

メタバースの世界は事業での活用にはとどまりません。視野をさらに広げると、エンターテインメントの世界では金融やファッション、アート、サービスを結びつける一大潮流としてメタバースが勢いを増しています。これらは単なる遊び・娯楽を超えた経済圏を構築しています。

「集まる」ことに価値が生じた

ブロードバンドが普及した2000年前後から大規模同時接続のオンラインゲーム(MMORPG)が多数登場しました。ゲーム内のキャラクターはプレーヤー自身のアバターとなり、ゲーム内での課金の仕組みは従来のパッケージ売りとは異なる、新たな収益源となったのです。

人間は古来、集まることに意義や価値を見いだしてきました。インターネット技術の発展は「いかに大量の同時接続数を処理するか」への挑戦の連続であり、一般ユーザーが感じている以上に数万〜数十万というユーザーの同時接続を実現するのは困難であったといえます。それを達成したMMORPGは、プレーヤーに「一つの場所に集まっていること自体が楽しい」といった、従来のゲームでは得にくかった新しい体験価値を提供している点が特徴だったのです。

メタバースの真骨頂は、他の参加者との協働やお互いの創造力を刺激する自由度、多様なデバイスへの対応の柔軟性などにあります。「物理的な距離を超えて人が集まる社会構造」に着目してビジネスへ応用することは、新たな商機につながるといえます。

自己表現が新たな「経済圏」を生んだ

一方で、ゲームのように具体的な達成目標があるのではなく、他の参加者とのコミュニケーションそのものを楽しむSNS的なサービスがメタバースの第二の主軸となっています。VRゴーグルを装着し、アバターを“身にまとって”メタバースの世界に入るサービスは「ソーシャルVR」とも呼ばれます。これらのサービスのコアユーザーやクリエーターは、収入につながる活動(コンテンツ販売など)を手がけており、新しい経済圏としてのメタバースの可能性を強く感じさせます。

アバターの種類や容姿のデザインを制限している一部のサービスを除き、ソーシャルVRでは誰もが自分のなりたい姿になれる点を評価されてユーザーの支持を集めています。リアルの身体を脱ぎ捨て、お互いの尊重と共感に基づく多様性を受け入れたメタバースが、この世界のすぐ隣にあるのです。

メタバースの条件とは

こうしたバーチャルの生活空間といえるメタバースは、技術的・思想的・社会的な観点で次のような条件を満たしている必要があるだろうと考えられています。

  • クラウドインフラに支えられた、大規模ユーザーからの同時接続と応答処理の実現
  • 高度な3DCG技術による、広がりのある3次元空間
  • サービスやコンテンツを生み出す創造性
  • 創作・所有・売買・投資などによる経済性
  • 実際にその世界にいるかのような没入感・体験価値
  • 物理空間とCGで描かれた仮想空間との境界線を飛び越えるアクセス性
  • アバターの自己同一性の保持

メタバース内の土地価格が高騰

そうした中、メタバースプロジェクト「Decentraland(ディセントラランド)」はFacebookが社名をMetaへ変更したような時流に乗る形で時価総額はうなぎ登りとなり、2021年末頃には1兆円規模に達しました。同時にディセントラランド内のバーチャルな土地の価格高騰も起こったことは記憶に新しい出来事です。あるユーザー企業が購入したディセントラランド内の土地が約4億円相当の価値を持ったことで、一躍話題のメタバースとなりました。

ディセントラランドには、ブロックチェーン技術を使って構築されたアイテム売買等のシステムがあり、NFT(非代替性トークン、代替不可能トークン)がこれを実現しています。また、特定の企業が環境を運営するのではなく、自律分散型組織(DAO)としてユーザーが運営に参画する仕組みを採用しています。

そうした環境の優れた点に着目し、すでに大手飲料メーカーがNFTを使ったアイテムを販売したり、投資銀行が窓口を開設したりといった展開をしています。また、大手ゲーム会社がコンテンツ展開(ゲーム内カジノ)を開催してユーザーの人気を集めています。

メタバースの概念の誕生から、「話題の言葉」になるまで

本連載で俯瞰してきたメタバースですが、この概念はいつ、どこで生まれたものなのでしょうか。その歴史は30年前のアメリカまでさかのぼります。

メタバースの誕生

1992年、アメリカで1冊のSF小説が発表されました。ニール・スティーヴンスン著『スノウ・クラッシュ』(日本では早川書房より刊行)。メタバース(作品内での表記は「メタヴァース」)は、この作品において世界で初めて描かれた概念であり、具体的なサービスの総称でもありました。

このSF小説で主人公は、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンと72fps(秒間72コマ)かつ2K解像度の性能を持つゴーグルを装着し、アバターを使って1億人以上が同時接続可能な〈ストリート〉という仮想世界にアクセスします。まさにVRゴーグルを使った現代のメタバースと同じです。

SF小説の業界では、サイバー空間をテーマとする先行作品がすでに存在していました。しかし『スノウ・クラッシュ』で描かれた世界観やデバイスは多くの読者を魅了し、とりわけ「超越(Meta)」と「宇宙(Universe)」を合成した造語「メタバース」は、インターネット上の3DCGで構築された仮想空間および関連サービスの総称として定着し、現在に至ります。

欧米先進企業の経営者は、社会の未来やビジネス環境の変化はSF小説から学んできたと口をそろえます。メタバースは、まさにそれを体現した事例でもあるのです。

スノウ・クラッシュ〔新版〕 上 (ハヤカワ文庫)

新聞に「メタバース」が載らない日はない

しかしメタバースという言葉をインターネットの未来の姿として見抜いていたのは、ごく一部のIT関係者や研究者に過ぎませんでした。

2022年10月中旬時点で、日本経済新聞(電子版)で「メタバース」と検索すると、ヒット件数は約800件。最も古い記事は2012年の1件。そこから2019年までは年1本の記事があるかないかといった程度でした。

状況が一変するのは2021年10月28日。そう、Facebookが社名をMeta(正式名称メタ・プラットフォームズ)に変更した日です。2021年の春ごろから徐々にメタバースについて言及する記事は増加傾向にありましたが、Metaの衝撃は大きく、2021年の掲載記事数は優に約140件を超えます。そして2022年になると元日から堰を切ったようにメタバース関連の情報が流れ続け、日経新聞電子版だけでも、毎日複数の新着記事が登場する状況となりました。

メタバースで商機を掴むためには

すでに日本社会は、物理的に存在するこの世界と隣り合う、もう一つの世界が重なり合っているという「新しい現実(リアル)」の中を生きています。もはやデジタルの中で従業員も、経営者自身も「リアルな時間」を過ごす時代になったといえるでしょう。

関連産業を含めて100兆円市場として成長が見込まれるメタバース。そのビジネス展開を考える上では、何から手を付けるべきでしょうか。深い理解へ至る最もシンプルな方法は、一つしかありません。実際に飛び込むことです。

メタバースの中心にあるのは体験の革命です。実際にメタバースへ没入する経験をせずには、メタバースで商機を得ることはできないでしょう。まずはメタバースの入り口であるVR、AR、MRについて触れてみることをお勧めします。

その際も価値観や世代の似通った人物だけで試すのではなく、可能な限り年齢や性別、部署、社歴などが多様なメンバーを集めた「メタバース戦略室」などを経営者直下で組織してみてはいかがでしょうか。ワクワクしながら新しいビジネスを始めるという、仕事の原点に立ち返る経験ができるかもしれません。

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