2024年12月10日公開

一歩先への道しるべ ビズボヤージュ

米中デカップリングは千載一遇のチャンス

執筆:伊藤 元昭(エンライト) 企画・編集・文責 日経BP総合研究所

米中対立に翻弄されるハイテク日本企業の処世術

半導体産業をはじめとする多くのハイテクビジネスが、国際政治や地政学的リスクの影響を大きく受けるようになった。特に、ハイテク技術の開発と応用開拓で世界をリードする米国と、ハイテク製品を具現化する工場であり、巨大市場としても存在感を示す中国との対立の影響は極めて大きい。ハイテク産業のなかでもICT産業は、米中デカップリングによる経営環境の変化が特に大きな産業である。中国に生産拠点を置いている企業、中国の旺盛な需要が無いと経営が成り立たない企業は多い。サプライチェーンがグローバル化するなかでは、中国企業の役割が複雑に絡み合い、政治的な関係が悪化しても簡単に撤退することも取り引きを断つこともできない。
こうした状況をどのように捉え、将来に向けて何をどう備えればいいのか。客員研究員として米国の心臓部、ハーバード大学国際問題研究所で2020年まで現地の政策エリートと議論を重ね、米国と中国それぞれの地政学リスクについて中立的な視座から分析、最新情報を基に2023年7月に書籍『米中冷戦がもたらす経営の新常識15選』(日経BP刊)として取りまとめた恩田達紀氏に、米中デカップリングの核心と今後の展望を聞いた。

恩田達紀氏 ハーバード大学国際問題研究所 元・客員研究員

* 本記事は「一歩先への道しるべ(https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/)」の記事を再掲載しています。所属と肩書は取材当時のものであり、現在とは異なる場合がございます。

――ハイテク産業の成長が、これまでにも増して国際政治の影響を大きく受ける時代です。特に米国と中国の関係の行方が、企業の事業戦略を一変させ、場合によっては存亡を決める要因にもなりかねない状況です。現在の米中関係をどのようにみていますか。

恩田達紀氏(以下、恩田) 今後、世界は米中が二極化した構図へと確実に向かっていくと考えています。もはや元の友好的な状態に戻ることはありません。

この状況が決定的になったのは、2021年3月18~19日の2日間、米国アラスカ州のアンカレッジで開催された、年初に発足したばかりのバイデン政権最初の米中外交直接交渉のことでした。バイデン政権の発足当時の中国は、強硬姿勢を打ち出していたトランプ前大統領の時代に対して融和に向かうのではないかと楽観していました。しかし、この交渉において中国は、まさに面子丸つぶれの状態となりました。

そもそも交渉に先立つ3月12日に「通信・半導体関連の中国5社制裁」を米連邦通信委員会が発表。さらには、新政権発足後の交渉日程自体が日本、韓国よりも後回しとなり、しかも交渉相手となったブリンケン国務長官は日本と韓国を訪問した後に、わざわざアンカレッジまで戻って中国の外交代表を呼び出しました。そして、やってきた中国外交代表と食事も共にしないまま最初の交渉に入ったのです。

これらは中国側から見れば明らかな非礼であり、米国の強硬姿勢がさらに強化されていることを実感できるものでした。そして交渉初日、両国の間でいきなり壮絶な非難の応酬があり、これを契機に両国の関係は急速に悪化したのです。交渉は経済・外交・軍事・先端技術・安全保障・人権問題といった広範な分野に渡ったものの、相容れない主張の表明に終始し、マスメディアの面前で反論に反論を重ねるという異例の展開。歩み寄りの姿勢もなく、合意事項無しという結果に終わったわけです。

私は長年に渡って外交の様子をウォッチしてきましたが、外交の場でこれほど露骨に激しい対立が起こるのを初めて見ました。そして「米中関係は、これからさらに難しいことになるな」と直感したのです。

これは、米国の世論も同じだったと思います。このあたりから米国では、中国が打ち出している先端技術をキャッチアップする取り組み「中国製造2025」の本質とは何か、それに続く「中国標準2035」とは何か、中国からの留学生がたくさん米国に来ているその背景を見極める必要があるのではないか、といった対立国として中国を見る機運が高まっていきました。

2023年は「米中経済のデカップリング元年」

――ご自身の近著「米中冷戦がもたらす経営の新常識15選(https://www.amazon.co.jp/dp/4296202561/)」の中で、