2024年10月22日公開

社会保険労務士コラム

労務監査(労務デューデリジェンス・労務DD)とは?

著者:有馬 美帆(ありま みほ)

労務監査について、社会保険労務士が基礎から解説します。

労務監査(労務デューデリジェンス・労務DD)とは、企業の労務管理のコンプライアンス(法令遵守)に関する調査や報告を行うものです。この労務監査がどのような流れで、何を対象項目として行われるかなどをわかりやすく解説します。

労務監査の定義と主体

労務監査とは?

近年、企業の労務コンプライアンス面のチェックを行う「労務監査」に対する注目が高まっています。この労務監査についての法令上の定義はありませんが、本コラムでは「対象企業について労働社会保険諸法令等に関する違反または違反の疑いが存在するか否かを調査し、労務管理に関するリスクについて報告すること」と定義します。

労務監査は、労務デューデリジェンス(労務デューデリ、労務DD)とも呼ばれています。デューデリジェンス(due diligence)とは、投資対象の価値やリスクに関する調査のことで、財務デューデリジェンス、法務デューデリジェンスなど多様な観点からの調査がなされています。そのうちの労務デューデリジェンスは、もともと法務デューデリジェンスの一部としての扱いを受けてきました。しかし、長時間労働にまつわる過労死問題や未払残業代問題、ブラック企業問題などへの社会的関心の高まりや、それらを受けた政府の「働き方改革」の推進などによって、労務に関するコンプライアンス(法令遵守)の必要性、重要性の認識が高まったこともあり、独自の領域としての意義を認められるに至っています。今後はさらに、人的資本の可視化など人的資本経営に関する取り組みの適正さについても労務監査の対象となっていくことが予想されます。

労務監査、労務デューデリジェンス(労務DD)、労務コンプライアンス調査などさまざまな呼び名がありますが、本コラムでは以下「労務監査」に統一してお伝えしていきます。

労務監査の主体

労務監査が誰によって行われるのか、つまり労務監査の主体については、これもまた法令上は特に定めがありません。ですが、労働社会保険諸法令に関する国家資格者である社会保険労務士によって行われるケースが増えています。もちろん、前述のように法務デューデリジェンスの一部でもあることから、弁護士によって行われることもあります。しかし、労働保険・社会保険に関する問題や未払残業代の計算、さらには労働安全衛生の確保についてなど、社会保険労務士としての専門知識や実務経験が求められる監査項目も非常に多いことも、受任が増えている理由です。

労務監査の類型

現状の労務監査は、主として次の3領域に関して行われています。

IPOの労務監査

IPO(Initial Public Offering)とは、「新規株式公開」のことです。未上場会社の株式を証券取引所での売買を可能にすることですので、一般的には「上場(株式上場)」の意味で用いられています。

IPOのためにはさまざまな上場審査があります。かつては形式審査基準(株主数、純資産額、利益などの形式要件)が中心だったのですが、現在はそれに加えて実質審査基準(コーポレート・ガバナンスや内部統制などの実質要件)を満たしているかを厳しく問われるようになっています。労務監査は主に実質要件に関わるものですが、例えば調査の結果、未払残業代の存在が認められれば、それは隠れ債務(簿外債務)となりますので、形式要件にも影響します。IPOの労務監査の結果は、主幹事証券会社と証券取引所の審査において非常に重要な位置を占めています。

そのため、上場を見据えた早い段階から労務監査を受け、その結果を踏まえて社会保険労務士などによる改善コンサルティングを受けて、上場審査に備えるスタイルが一般的になっています。