カスタマーハラスメント(カスハラ)とは
カスタマーハラスメント(以下主に「カスハラ」)とは、顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行う、社会通念上許容される範囲を超えた言動により、労働者の就業環境を害することをいいます。この定義については、後で改めて解説しますが、ごく簡単にいえば、「顧客等からの著しい迷惑行為」のことです。
このカスハラが社会問題化したことを受けて厚生労働省は、2020年(令和2年)2月には「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)を策定し、さらに2022年(令和4年)2月には「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下「対策企業マニュアル」)を策定しました。しかし、指針は事業主が体制の整備や被害者への配慮の取り組みを行うことが「望ましい」とするにとどまり、対策企業マニュアルはその整備や配慮の参考資料であって、いずれも義務を課すものでありませんでした。
そのような中、いち早くカスハラを「違法」とする動きを見せたのが東京都でした。東京都は2024年(令和6年)10月に、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を制定し、2025年(令和7年)4月1日に施行されています。都の条例では、罰則こそありませんが、カスハラを禁止するとともに、企業(事業者)のカスハラ対策に関する責務を定めています。
国も、労働施策総合推進法を改正し、2025年(令和7年)6月11日に公布しました。改正労働施策総合推進法では、カスハラを防止するために、雇用管理上必要な措置を講じることが企業(事業主)の義務とされました。ついに、カスハラ対策が法律レベルで義務化されることとなったのです。この義務についての施行日は「公布の日から起算して1年6か月以内の政令で定める日」とされています。具体的な施行日は、現時点では未定なのですが、遅くとも2026年(令和8年)中には義務化されることになります。
カスハラは労働者の心身に大きなダメージを与えるものです。たとえカスハラ防止が法律で義務化されていなかったとしても、企業には安全配慮義務(労働契約法第5条)などによって、労働者の生命や身体の安全を保護する義務があります。また、「ハラスメント」とは、人権侵害のことです。近時「ビジネスと人権」という概念が急速に注目されていますが、自社が人権擁護に取り組むだけでなく、ステークホルダーにも人権擁護を求めるようになっています。カスハラ対策に後れを取ってしまっている企業は、この観点からも問題視されることになります。さらに、人的資本経営(人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方)の観点からもカスハラ対策は必須です。カスハラによって大切な人材が傷つき離職してしまえば、企業にとって何より大切な「ヒト」という「資本」を失うことになります。そのような悲劇は何としても避けなければなりません。
企業の経営者や人事労務担当者は、カスハラ対策のための体制を構築することに、今からできる限り取り組むことが急務です。そのため、今回は対策の基本などについて、分かりやすく解説します。
「カスタマーハラスメント」の3要素
カスハラと認定されるためには、次の3要素を「全て」満たす必要があります。
| (1) | 顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行うこと |
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| (2) | 社会通念上許容される範囲を超えた言動であること |
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| (3) | 労働者の就業環境を害されること |
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(1)は、カスハラ行為の「主体」に関する要素です。行為の主体が広く「顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者」とされていることに注意が必要です。
(2)は、顧客等の言動が社会通念上許容される範囲を超えているか、という要素です。つまり、正当なクレームではなく、労働者の人格や尊厳を侵害する悪質なクレームといえるレベルに達している必要があるということです。この社会通念上許容される範囲を超えたか否かの判定については、後でくわしく説明します。
(3)は、カスハラの対象となった労働者が、人格や尊厳を侵害する言動により、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。
「カスタマーハラスメント」の具体的な判断基準
カスハラは前述のとおり、3要素を「全て」満たす必要があります。ここでは、その3要素それぞれについての具体的な判断基準を説明します。