2018年 1月25日公開

【連載終了】なつかしのオフィス風景録

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得意だと一流企業に就職も?「そろばん」が仕事の必須ツールだった頃

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電卓などの普及以前、さまざまな企業で計算用のツールとして使用されていた「そろばん」について、当時のお話を紹介します。

現代からはなかなか想像できない、過去のオフィスにまつわる風景や、仕事のあり方を探る「なつかしのオフィス風景録」。第3回のテーマは、昭和の企業におけるそろばん事情。

今回はそろばんの展示や資料の保管を行う日本そろばん資料館様を取材。学芸員の太田敏幸さんに、昭和のそろばん事情についてお話を伺いました。

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そろばんが就活時のアピールポイントに

取材者
太田さんは以前、商業高校でそろばんを教えられていた経験があるそうですね。
太田さん
はい、そうです。私の経歴をまずお話しすると、大学を卒業してすぐの1970年に千葉県のとある商業高校の教員になりました。定年まで「商業」の科目を担当しており、その中でそろばんも教えていました。私が教員になったばかりの頃は、1週間で3コマもの時間を費やしてそろばんを教えていたんです。高校3年間で換算すると、9単位分もそろばんを用いた授業があったわけですね。商業高校では実業教育が重視されているので、実社会の要請に合わせたカリキュラムが組まれます。つまり当時はそれだけ、企業も「そろばん」のスキルを重視していたと言えるのです。
取材者
そろばんが得意だと、就職で有利になるようなこともあったのでしょうか?
太田さん
もちろんありましたし、履歴書でも大きなアピールポイントになっていました。当時の商業高校の生徒たちの間では、卒業後は事務職に就職というルートが一般的でしたが、そろばんに秀でた生徒が誰もが知っている一流商社に就職するようなケースも多かったです。地元の信用金庫などからは、引く手あまたという感じでしたね。
取材者
企業からはどれくらいのそろばんの技能が求められていたのでしょうか?
太田さん
私の勤務していた高校では、そろばん3級を取得できなければ卒業不可という決まりでした。そろばん3級というのは、小数点を伴った計算ができるレベル。これができなければ、業務の中で出てくることが多いであろう利息計算などもできないわけです。そろばん3級が最低限求められていた技能だと言えるでしょうね。また2級や1級を取得していると、資格手当がもらえることも多かったです。卒業はもちろんのこと、就職後の待遇にも関わってくるので、授業以外で珠算塾に通っている生徒もいました。今でいうダブルスクールに近いかもしれませんね(笑)。当時は大人がスキルアップのために珠算塾に通うのも、そこまで珍しいことではありませんでした。

電卓で計算、そろばんで検算

取材者
「そろばん」を業務の中で扱うことが多かったのは、どのような業界や企業でしょうか?
太田さん
電卓などが普及する以前においては、業務のどこかで計算を行う企業であれば、ほぼ全ての会社でそろばんを使っていたと思います。特に銀行や保険会社などの金融業界や、郵便局などでは必須ツールです。郵便局や銀行の窓口の傍らや、経理担当者の机の上にそろばんが置いてあった時代。今となっては、なかなか想像できない光景かもしれませんね。
取材者
確かに、最近の人にはなかなか想像しにくいかもしれません。
太田さん
銀行の新人研修などでも、必ずそろばんについての講習がありました。そんなとき講師として招かれていたのは、地域の珠算塾の先生なんです。塾が忙しくなるのは子どもたちの学校が終わる夕方以降なので、昼間の空いた時間を利用してあちこちの企業に出向いていた人も多かったようです。
取材者
そろばんを業務で使っていた時代のユニークなエピソードなどはご存じですか?
太田さん
ある企業では、始業前に社員が一つの部屋に集合して、「願いましては」の合図で一斉にそろばんを弾(はじ)くなんて光景も見られたそうです。朝のウォーミングアップみたいなものだったのでしょうね。また、これは私自身の経験でもあるのですが、入学試験の採点を行うときに、電卓で得点を計算した後、そろばんでもう一度計算し直すということはよくやっていました。商業高校はそろばんが得意な先生も多かったので、そういう人のところに他の先生が「これ、検算お願いします」と答案用紙を持っていく。電卓が普及し始めたばかりの頃だったので、みんな新しいツールを完全に信用しきれていなかったのかもしれない(笑)。最近だと「エクセルで計算した結果を電卓で検算する」なんて話を聞くこともありますが、それに近いエピソードかもしれません。

そろばんコレクターの間では「傾斜そろばん」と呼ばれているそろばん。斜めに角度をつけることで珠(たま)を弾きやすくしている。かつて郵便局の窓口で広く使用されていた。

実務に不可欠なツールから、能力を高めるためのツールへ

1970年代頃に太田さんが実際に授業で使っていた教科書。そろばんの使い方が詳細に記述してある。

取材者
そろばんが企業の中で用いられなくなったのは、いつくらいの時期のことでしょうか?
太田さん
私自身が企業での実務経験がないこともあり、正確な時期というのは申し訳ないのですが分かりません。しかし、あえて節目を挙げるとするなら、電卓の価格がそろばん本体と同じくらいまで安価になった時期だと思います。そろばんは使いこなせるようになるまで、一定以上のトレーニングが必要です。その点、手軽さという意味では電卓は誰でもすぐに扱えますし、そのうえ値段も同じくらいとなると、どうしても電卓に軍配が上がってしまいますよね。
取材者
なるほど。
太田さん
また2000年には、学習指導要領の改訂によって、そろばんの授業が高等教育の現場からなくなってしまったんです。昭和の昔には、そろばんの使用を前提とした教科書もつくられていましたが、現在では教科書のごくわずかなパートで触れられているにすぎません。先ほども述べたように、商業高校では社会のニーズに合わせた教育が重視される。それは同時に、社会からのニーズがない科目は消えていく運命にあることも意味している。そのような意味でそろばんが学校教育はもちろん、企業においても完全にその役目を終えた潮目の年が「2000年」だというふうに私は認識しています。そろばんに長年携わっていた者として、当時感じた寂しさは言葉では言い表せないくらいでしたよ。
取材者
そろばん全盛の時代と比べて、太田さんは「現代は便利な時代になった」と思いますか?
太田さん
例えばエクセルに代表されるような表計算ソフトの便利さは、そろばんとは比べものにならないと思います。でもそれと同時に、計算結果がボタン一発で出てくるのって「なんだかつまんないな」とも思ってしまうわけです(笑)。一つの計算結果をとっても、そろばんで弾き出したそれは、その人が今まで積んできた修練の成果みたいなものですから。計算結果の裏にあるさまざまな「過程」が切り捨てられてしまうのは、ちょっと寂しい気もしますね。
取材者
現代でそろばんを学ぶメリットとはどのようなことでしょうか?
太田さん
私が考えるそろばんの魅力は「数字を目で見て、頭で考え、指先を動かす」学習具であること。昭和の時代は実務に直結するから学ぶケースも多かったわけですが、現代においては計算力や数感覚はもちろん、暗算力や集中力、持続力などの能力を高めるツールとして、多くの児童がそろばんを学んでいる。小学校でも3・4年生時にそろばんについて学ぶ時間が設けられており、そこでは子どもたちが初めて目にするような新しい学習具として受け止められています。そろばんが仕事の中で使われることはほとんどなくなりましたが、教育という面においてはこれまで同様、これからも高く評価されていくものだと思っています。

日本そろばん資料館

日本の伝統文化でもある「そろばん」の継承とさらなる発展を目的に、公益社団法人全国珠算教育連盟が2013年に開設した資料館。約700丁ものそろばんの展示をはじめ、約1,500冊におよぶ珠算関連の古書、そろばんグッズ等の充実した資料を所蔵。珠算教育に関する情報発信基地の役目を担うことも目指している。

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