2018年 3月22日公開

【連載終了】なつかしのオフィス風景録

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ビジネスマンの“鎧(よろい)!”昭和のオーダーメイドスーツ事情

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昭和のビジネスマンのオーダーメイドスーツ事情について、銀座で100年以上にわたり注文洋服店を営む老舗テーラーにお話を伺いました。

現代からはなかなか想像できない、過去のオフィスにまつわる風景や、仕事のあり方を探る「なつかしのオフィス風景録」。第5回のテーマは昭和ビジネスマンのオーダーメイドスーツ事情。

今回は銀座の地で100年以上の長きにわたり注文洋服店を営む、髙橋洋服店様を取材。四代目店主の高橋純さんに昭和のスーツ事情について、さまざまなお話を伺いました。

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買うのではなく、誂(あつら)えるものだったスーツ

取材者
昭和の時代、オーダーメイドでスーツを作ることは今よりも一般的だったのでしょうか?
高橋さん
そもそも戦前なんかだと、「既製服」という概念の方が一般的ではありませんでした。スーツに代表されるようないわゆる洋服は買うものではなく、基本的に洋服店で誂えるものだったわけです。そうした風潮が変わってきたのは、高度経済成長期くらいから。サラリーマンの数が増えて、スーツへの需要も高まり、注文服よりも安価ですぐに手に入る既製品へのニーズが高まっていった。
それでも私がこの仕事を始めた1970年代くらいは、オーダーメイドでスーツを作る人はまだまだ多かった気がします。そういう人がグッと減ったのは、バブル崩壊後くらいかな。ここ銀座にも昔は20〜30軒くらいのテーラーがひしめいていたけど、今ではほんの数軒が残っているくらいです。
取材者
オーダーメイドの一番のポイント、良さというのはどんなところなのでしょうか?
高橋さん
オーダーメイドの一番のキモっていうのは、「体型補正」なんです。どういうことかっていうと、例えば同じ身長170cmでも、なで肩の人がいたり、怒り肩の人がいたり、体型は人それぞれ違うわけです。そこで私たちはお客様ごとにしっかり型紙を起こして、それぞれの体型にぴったりな洋服を一針一針手作業で縫い上げています。そういった体型補正ができて初めて、「オーダー」と言えるのではないでしょうか。
取材者
なるほど。世界で一着のその人のためだけの服なんですね。
高橋さん
だから質屋に入れようと思っても、受け取ってくれないんですよ(笑)。
取材者
髙橋洋服店さんは銀座で一番古い注文洋服店とお聞きしたのですが、現在のお客様で一番古い方だと、どれくらいのお付き合いがありますか?
高橋さん
親子四代にわたるお客様がいらっしゃいます。また1955年くらいからご贔屓(ひいき)にしてくださっているお客様がいらっしゃいますね。その方が大学生のときからのお付き合いなので、年齢は80歳を超えていらっしゃいます。昔は大学入学、成人式、そして就職のタイミングでスーツを誂えることが多かったんです。
取材者
60年以上のお付き合いはすごいですね! 昔はやはり若いビジネスマンのお客様も多かったのでしょうか?
高橋さん
いいえ、むしろ現在の方が若いお客様は多いです。というのも1964年の東京オリンピックの頃に、「みゆき族」なんて呼ばれる若者たちが出てきて。私は当時中学生だったのですが、その頃からにわかにメンズファッションに注目が集まるようになったんです。そして当時の若い人たちの間に、「注文服はダサい、既製服がカッコイイ」という風潮が広まってしまったのです。
取材者
それはなぜでしょうか?
高橋さん
その頃はまだ注文洋服店が巷にあふれていたので、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)といいますか、ひどい洋服を作っていた店も多かったんですよ。体型補正もできていないし、デザインのセンスもなっていないような。
注文洋服店が廃れていったのには、そういった理由も大きい気がしています。お客様が店員の着こなしを見て「あなたが着ているような洋服を作ってください!」と言われるような粋なお店は、今でも生き残っていますからね。本当に品質の良い服を作っていれば、高いお金を出してでもご用命いただけますから。

流行に左右されない“当たり前”の服を作る

取材者
昭和と現代のビジネスマンを比べて、スーツの着こなしなどはいかがでしょうか?
高橋さん
スーツが自分の肌のようになじんでいる人は、今より昔の方が多かった印象です。背広を身に着ける時間が長い分、サマになっている人も多かったのでしょう。最近だと夏場はクールビズが主流ですが、正直な話、私はあれがあまり好きじゃない(笑)。夏場でもネクタイを締めて、上着をカチッと着ていたい人だっていると思いますよ。
取材者
昭和と比べて、髙橋洋服店さんの中で変化があったことなどはありますか?
高橋さん
この店も私で四代目になりますが、流行に左右されない“当たり前の洋服”を当たり前に作ることを一貫して大切にしてきました。ですから正直な話、私どもの中で大きな変化はないですね。
取材者
時代の流れの中で変わっていくものがある一方、髙橋洋服店さんは「変わらないもの」を大切にされてきたんですね。
高橋さん
もちろん多少のトレンドはあるので、やぼったくならないようにボタンの位置とか襟幅とか、細部に変化を加えたりはしています。
あえて変わったことを申し上げるなら、私がイギリス留学から帰ってこの店で働くようになり、お客様にダイレクトメールを送るようにしたんです。そうしたら私の父親、先代にものすごく怒られましてね。「お客様に向かって、そんな物欲しそうなことをするんじゃない!」と。そこはさすが、昭和の人間という感じですが、「これからはうちだってそういう企業努力をしないと」と説得したのを覚えています。
取材者
「変えるべきもの」と「変えるべきではないもの」を見極めるのも、難しい判断ですね。
高橋さん
そうですね。この店も20年後、30年後にはどうなっているか分からない。だからこそ、息子やうちで働く若い人には「これからは宇宙服を作らなきゃ駄目だ」なんて言っているんですよ。背広も宇宙服も作れる洋服屋なんてあったら、最高じゃないですか(笑)。

ビジネスという戦場を生き抜くための“鎧”

取材者
あらためて、ビジネスマンにとってスーツとはどんなアイテムだと思われますか?
高橋さん
ビジネスマンにとってスーツは、武士の鎧みたいなもの。格好だけはいいけど出来の悪い鎧を着ていては、戦場では矢に当たって死んでしまうかもしれない。ビジネスマンもそれと同じで、いい加減なスーツを着て「果たしてビジネスという戦場で戦えるのか?」と思うんです。服装一つでビジネスチャンスに結びついたり、逆にそれを逃してしまったりすることもあるかもしれない。
以前、あるお客様から「髙橋さんの洋服を着ていれば、どんな場所でどんな人と会っても、物おじすることがない」とおっしゃっていただいたのはうれしかったですね。
取材者
なるほど、確かにそうかもしれません。
高橋さん
オーダーメイドのスーツは値が張りますが、質は申し分ないので長く着続けることができる。そこは考え方の問題で、例えば毎年洋服にかけられるお金が30万円あるとします。そのときに毎年6万円のスーツを5着買ってワンシーズンで使い捨てるのか、毎年30万円のスーツを1着だけ誂えてそれを10年着続けるのか。
前者だと10年後には6万円の背広が5着残っているだけ。しかし後者だと30万円の背広が10着残っていることになる。
これは人それぞれの人生哲学だから、どちらがいいなんて答えが出るものではないし、一介の洋服屋が偉そうに口を挟むことでもない。だけど私個人としては、本当に良いものを長く、大切に着ていただく方が、より豊かな気持ちになっていただけると信じて洋服を作っているわけです。
取材者
スーツの着こなしについて、最後に高橋さん流のアドバイスをいただけますか?
高橋さん
むやみやたらに流行を追いかけないこと。そして当たり前のものを当たり前に着るということに尽きますね。正しい装いのルールを十分知ったうえでちょっとだけ着崩してみると、その人なりの“色気”が出てくると思います。
後は自分の立場や地位に見合った洋服を着るということです。何も新卒の社員が何十万円もするスーツを着る必要はありません。働き始めは既製品で十分です。しかし、役職が上がるごとに相応の服を着るようにした方がいいですね。当たり前のものを当たり前に着て、その中で「お、良い洋服着てるね」と思われるのが一番の正解だと思います。

髙橋洋服店

1903年創業。銀座で一番長い歴史を持つ注文洋服店。四代目店主の高橋純さんは、イギリス唯一のファッションに特化した専門大学ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション「BESPOKE TAILORING COURSE」の日本人初の卒業生。

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