2018年 4月19日公開

【連載終了】なつかしのオフィス風景録

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オフィスで働く女性の元祖!「職業婦人」の歴史に迫る(前編)

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現代からはなかなか想像できない、過去のオフィス風景や仕事のあり方を探る「なつかしのオフィス風景録」。第6回のテーマは現代OLの元祖ともいえる 「職業婦人」。今回は『OL誕生物語 タイピストたちの憂愁』(講談社)の著者である早稲田大学教授、原克先生を取材。20世紀初頭に誕生した職業婦人について、さまざまなお話を伺いました。

  • (注)「OL」や「オフィス・レディ」といった表現については、会社で働く女性を便宜的に表す言葉として使用しています。

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オフィス・レディの黎明(れいめい)期、大正時代

取材者
現代でいうところの、いわゆる「OL」が誕生したのはいつくらいの時期のことでしょうか?
原先生
1920年代くらいが企業で働く女性の黎明期だと考えられます。元号でいうと大正時代くらい。当時はそうした女性たちは「職業婦人」と呼ばれており、この時期からその数が爆発的に増えていったのです。
取材者
その背景にはどのような理由があったのでしょうか?
原先生
簡単に言うと、第一次世界大戦が終わって1920年代くらいから社会構造に大きな変化が表れるのです。いわゆる「大衆社会」の誕生です。それまでの貴族だとか武士だとか華族だとかを中心に回っていた社会から、大衆がその中心を担う社会へと変わっていった。
それに伴い、産業構造にも変化が表れます。都市部を中心に今までには見られなかった新しい仕事が多数誕生し、女性労働者の数も増加していった。雇用先に住み込んでの奉公といった伝統的な雇用関係から、「企業対個人」といった近代的な雇用関係に移り変わっていく過渡期にあたる時代だったのです。
取材者
「女性の社会進出」の夜明けのような時代だったのですね。
原先生
そうですね。しかし、「女性の社会進出」という表現にはいささか語弊があります。
取材者
どういうことでしょうか?
原先生
つまり「歴史の中で女性が働いていない時代なんて、果たしてあったのか?」ということなんです。例えば農村などの村社会においては、女性だって昔から立派な働き手だと見なされていました。それまでの時代においても、女性はずっと社会の中で働いてきたわけですから「女性の社会進出」という言葉は正確ではないわけです。
ですから「職業婦人が誕生して女性が社会進出を果たした」と捉えるよりも、「働く女性の新しいバリエーションとして、『職業婦人 』と呼ばれる人たちが誕生した」と理解した方がより正確だと思います。

高度なスキルが求められていたタイピスト

取材者
職業婦人にはどのような種類の職業があったのでしょうか?
原先生
例えば、食堂やカフェで働く給仕さん。または百貨店で働くデパートガールやエレベーターガール、バスガイドなど。これらはサービス業や 肉体労働寄りの仕事です。
頭脳労働的な仕事ならば教師、医者、弁護士、学者などがあります。しかし弁護士や学者の女性が占める割合はこの時代、極端に少なかったと思います。
そして頭脳労働の中でも、最も数が多かったのが企業で働く「事務員」です。これが現代OLの前身だといえるでしょう。そして、事務員にも大きく分けて二つの種類がある。一般的な事務作業などを担当する事務員と、「タイピスト」と呼ばれる人たちです。現代でいうところの一般職と総合職みたいなイメージかもしれません。
タイピストは、手書きの書類をタイプライターで打ち込み清書するのが主な仕事ですが、彼女たちには非常に高度なスキルが求められていました。
取材者
具体的にどのようなスキルが求められていたのでしょうか?
原先生
タイピストは書類をタイプするだけが仕事ではないのです。書類に間違いがあれば、それをちゃんと指摘して訂正しなければならないし、海外とのやり取りがある企業では英語やドイツ語でタイピングを行う必要もあるので、当然それらの言語にも精通していなければならない。
例えば、書類に「アメリカ合衆国第32代大統領リンカーン」と書いてあったら、「フランクリン・ルーズベルトの間違いじゃないですか?」と訂正できなければ困るわけですね。当たり前ですが、当時はネット検索なんて存在しない時代。正確かつスピーディーなタイピングスキル以上に、タイピストには高い教養が求められていたのです。
取材者
なるほど。ではそうしたタイピストとして就職するためには、どのようなルートが一般的だったのでしょうか?
原先生
タイピスト養成学校を卒業して就職するケースがほとんどです。ここはいわゆる職業訓練校みたいなもので、徹底して実用的なタイピングスキルをたたき込まれる。企業側も優秀なタイピストは喉から手が出るほど欲しいわけで、そこを卒業すれば基本的に引く手あまたです。
こうした事情もあって、職業婦人の中でもタイピストは一歩抜きん出た職能集団だと見なされており、ほかの職業婦人と比べても高い給料をもらっていました。
取材者
ということは、タイピストは当時の職業婦人の中でも花形の仕事だったのでしょうか?
原先生
憧れの仕事ではあったと思うのですが、高度なスキルが求められるのでそれだけハードルも高い。人気という意味では、デパートガールやエレベーターガール、バスガイドといった職種の方が高かったようです。特に高級百貨店で働く女性なんかは注目の的で、年頃の息子を持つお母さんが、お嫁さん候補を探しにフロアを品定め……なんて話もあったみたいですよ。

「毛断害有(もだんがある)」という当て字で、当時流行のモダンガールを批判した書籍。職業婦人やモダンガールに対する不当な批判が多く飛び交っていた。

職業婦人を巡る賛否両論

取材者
職業婦人が働くうえでのモチベーションには、どのようなものがあったのでしょうか?
原先生
当時の職業婦人へのアンケートを見ると、大きく分けて三つの理由があります。まず一つ目が経済的事情。家計の補助や財政的な必要性から働くようなケースです。
二つ目が自立のため。「これからの時代は女性も働かないと!」という積極的な理由です。とりわけタイピストは、ほかの職業婦人と比べてもこの理由での就業が多く、自立意識の高さがうかがえます。
三つ目が、特に理由なしというもの。「何でもいいからとにかく働いてみたい!」とか、「タイピストって最近イケてるって聞くし、私もやってみようかな」みたいに、カジュアルな感覚で働く人たちも多かったようです。
取材者
女性の新しい働き方として登場した職業婦人ですが、それに対する当時の世間の反応はどのようなものだったのでしょうか?
原先生
一言で言うなら、激しい賛否両論。つまり職業婦人の登場は、それくらい革命的な出来事だったのです。若い女性が一人暮らしをして、満員電車に揺られて出社し、男と机を並べて働きながら、給料をもらって自活する。旧来の保守的な価値観から抜け出しきれない人々、特に男性からは「非難」の声が多かった。その中でも典型的な批判が「男たちの仕事が奪われる」というものです。
取材者
「奪われる」ですか。
原先生
そう。今まで男だけで独占していた仕事に、女性が流入してくるようになった。それによって、仕事にあぶれてしまう男も出てくるかもしれない。そうした不安からくる批判ですね。
ですから職業婦人が何か事件を起こしたりすると、新聞などでもそれを針小棒大に取り上げ「これだから職業婦人はけしからん!」と責め立てるような向きも強かった。
でも、これっておかしな話ですよね。事件を起こす人なんてサラリーマンの中にもいるわけですから、職業婦人だけをことさらに取り沙汰するのは道理が通らない。ごく一部のサラリーマンが公金を横領したからって、全てのサラリーマンが横領するかっていうと、そんなはずはないでしょう。
取材者
そのとおりですよね。しかし、当時の職業婦人への世間的な風当たりは強かったのですね。
原先生
その一方、そうした根も葉もない批判に対して「何をばかなことを言っているんだ」と、職業婦人を擁護する人たちもちゃんといました。
例えば、職業婦人に文句をつける人たちを、真っ向から批判する特集を組む雑誌もあった。時代が変われば価値観も変わっていくわけで、新しい価値観を脊髄反射で批判するのは思考停止に等しい。「職業婦人はそんな無意味な批判に耳を傾ける必要なし」と、その特集の中で男性の論者も主張しているんですよ。
取材者
批判だけでなく、男性側からの擁護の声もあったのですね。
原先生
当時は大正デモクラシーの時代。そこで語られている内容の是非は置いておくにしても、自由闊達(かったつ)な議論ができる雰囲気自体はあったわけです。惜しむらくはその後に起きる戦争で、そうした言論状況が停滞してしまったこと。
戦争がなければもっと早い段階で、働く女性にまつわるさまざまな議論は成熟していたかもしれません。

当時の女性誌を中心に、職業婦人を擁護する論陣が張られた。

原 克(はら かつみ)教授

早稲田大学教授。専門は表象文化論、都市論、ドイツ文学。表象分析の手法で歴史的事象としての「職業婦人」を読み解いた『OL誕生物語 タイピストたちの憂愁』(講談社)や、同じくサラリーマンについて分析した『サラリーマン誕生物語 二〇世紀モダンライフの表象文化論』(講談社)など、多数の著書がある。

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