2018年 7月19日公開

【連載終了】なつかしのオフィス風景録

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スーツにリュックはあり得なかった? 昭和ビジネスマンの鞄(かばん)事情

現代からはなかなか想像できない、過去のオフィスにまつわる風景や、仕事のあり方を探る「なつかしのオフィス風景録」。第9回のテーマは昭和ビジネスマンの鞄事情。今回は日本橋小伝馬町で1894年から鞄の製造と卸販売を営んできた、株式会社青木様を取材。六代目社長の飯塚貴志さんに、昭和の鞄事情について、さまざまなお話を伺いました。

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リュックスタイルや肩から鞄を提げるスタイルはなかった?

取材者
昭和のビジネスマンは、どんな鞄を持つのが主流だったのでしょうか?
飯塚さん
錠前付きでハンドルが1本の「ビジネスバッグ」と呼ばれるものが主流でした。青木ではまだ生産をしていますが、街中でビジネスバッグを持つ人はほとんど見かけなくなりましたね。私が営業を担当していた23~24年前は、ハンドルを収納できる「抜き手」と呼ばれるタイプの鞄を使っているビジネスマンもたくさん見かけました。特に就職活動期間は、抜き手が大量に売れたんですよ。
取材者
抜き手タイプの鞄が就活中の学生に好まれた理由は?
飯塚さん
手で持つことができると同時に、ハンドルを収納してクラッチバッグのように抱えることもできる点が好まれたようです。また、底材がしっかりしていて自立するデザインが多いので、面接時に鞄を床に置くことが多い学生にとっては使いやすかったのでしょうね。
取材者
抜き手の鞄は、まだ生産されているのでしょうか?
飯塚さん
数は少なくなりましたが、生産はしています。職人さんに抜き手を依頼すると「懐かしいね」と言われますよ。
取材者
ほかに、昔からビジネスマンに根強い人気のバッグはありますか?
飯塚さん
口枠が大きく開く「ダレスバッグ」と呼ばれるタイプは、昔から根強い人気がありますね。今でも弁護士や医者など、ハイクラスの方々が好んで使っています。ただ、ダレスバッグはふちの部分に鉄枠が入っていて、構造が複雑なので、作れる職人さんが年々減ってきているんです。

昔からビジネスマンに愛されているという口枠が大きく開くダレスバッグ。

取材者
いずれのバッグも手で持つタイプですね。
飯塚さん
そうですね。今はトートバッグを持つ男性も多いですが、昭和の昔は恐らく、ビジネスマンが鞄を肩にかけるという発想は、ほぼなかったと思います。東日本大震災以降は自転車通勤が増えたり、スマホの普及によって両手を空けたい人が増えたりして、リュックを背負うビジネスマンも増えましたが、“スーツにリュック”という姿も昭和の頃は考えられなかった気がします。

昔ながらのクラシックな商品が若者層に支持されている

取材者
よく「トレンドは繰り返す」と言いますが、鞄にもトレンドのサイクルはありますか?
飯塚さん
例えば、私が入社する前から続いている「Lugard G3(ラガード ジースリー)」というシリーズは、今が最盛期と言っても過言ではありません。特に財布なんかは、これまで月に30本ほどしか作っていませんでしたが、今では1日に何百本も仕入れがあります。
取材者
なぜそこまで売れているのでしょうか?
飯塚さん
私たちはこのシリーズを、シニア層に向けて作ってきたんです。でも、ここ1年ほど得意先の話を聞いていると「若い人が買っていきました」「女性が買っていきました」という声が多い。若い人はアンティークで味わいのある鞄というふうに捉えてくれるみたいです。トレンドは、そうやって移り変わっていくのかなと思いますね。

青木鞄の人気シリーズ「Lugard G3」の財布やカードケース。

取材者
生産がストップしてしまった商品というのも中にはありますか?
飯塚さん
型が増えたり、機能が変更になったりすることはありますが、廃番になってしまうものは実は少ないんです。今は昭和に比べて、商品ラインアップもぐんと広がっていると思いますよ。
取材者
商品の生産が途絶えてしまうのは、どのようなときでしょうか?
飯塚さん
青木ではかつて「Grand Master(グランドマスター)」という、革製のソフトトランクのような商品を作っていました。でも、3代目の職人さんが亡くなってしまい、もう作れる人がいないので、今は生産していません。以前は百貨店オリジナルなど、いろいろな型を作っていたようです。職人さんが高齢になり「こんなにたくさんの種類は作れない」と言われたため、私が入社したときは、4種類の型に絞っていました。それが3種類になり、だんだんと数が減っていて、職人の引退に伴い現在では生産をストップしています。

職人がプライドを懸けて培ってきた技術

取材者
「Grand Master」を作れる職人がほかにいなくなってしまったのは、なぜなのでしょうか?
飯塚さん
「Grand Master」を作るには、高度な縫製技術が必要だからです。初代の職人さんが引退したとき「仲間の職人さんにこの技術を教えてもらえませんか?」とお願いしたんですが「申し訳ない、社長。それだけはできない」と断られてしまいました。つまり技術というのは、職人さんのプライドなんですよね。
取材者
具体的に何が違ったのでしょうか?
飯塚さん
言葉では言い表し難いんですよね。形が「ふわっ」と上がってこないというか……。形にはなっているけど、組み立てただけというようないびつさがあるんです。2代目の職人さんが第一号を作り上げたときは「社長、見せられないよ」と言われました。でも何度か作るうちに、改善点が見えてきて、商品として売り出せるクオリティまで持っていってくださいました。

取材者
ちなみに、鞄職人の平均年齢は何歳くらいなのでしょうか?
飯塚さん
弊社の商品を作っている職人さんは、80歳以上の方が多いですね。60代の方が「若いね」と言われる業界です。うちに出入りしている職人さんの中にも、72歳くらいの人がいますが、その方は「60代になって、初めて職人をやっていて良かったと思えるようになった」と言っていました。会社勤めをしていた人たちは定年になると退職金をもらえますが、「70代となった今、たぶん俺の方が稼いでる」って(笑)。
幾つになっても、健康であれば仕事を続けることができる。それが手に職をつけることの魅力の一つですが、なかなか跡を継ぎたいという人が現れないのが業界の悩みですね。

鞄は入れ物。シンプルな方がいい

取材者
昭和と現代を比べると、パソコンやスマホなど、仕事で使うツールが変わってきていますよね。鞄の機能も、それに伴い変化しているのでしょうか?
飯塚さん
2000年代にノートパソコンが普及し始めたとき、パソコンの収納場所を作る同業者は多かったですね。でも青木では、わざわざ収納場所を設けることはしませんでした。パソコンを持ち歩く人は、型に合ったケースを使うだろうと考えたからです。パソコンを持ち歩かない人にとっては、仕切りがあると邪魔ですし、機能を増やすことでコストも上がりますから。
取材者
最低限の機能が付いていて、シンプルな形状が一番だということでしょうか?
飯塚さん
そうですね。鞄に入れるものは、人によって異なるので、柔軟に対応できる作りの方が個人的にはいいと思っています。
取材者
革製品は、手入れしながら使うのが基本だと思いますが、何年ほどもつのでしょうか?
飯塚さん
手入れの仕方によりますね。長く丁寧に使ってくださっているお客様もいて、今でも私が入社する前の商品の修理を依頼されることがありますよ。
取材者
昭和のビジネスマンも、一つの鞄を長く使っていたのでしょうか?
飯塚さん
基本的に、男性はそういう人が多いと思います。ただ、入社していきなり10万円の鞄を持つ人はいませんよね。入社後2~3年たち、部署が変わって「革の鞄を持ちたいな」「ブランドの鞄を持ちたいな」と思う人って、最近でも多いと思うんです。

持つだけで背筋が伸びる鞄「アタッシェケース」

取材者
昭和から安定して売れ続けている鞄はありますか?
飯塚さん
今でも継続している商品でいえば、アタッシェケースだと思います。求める人は少なくなってきてはいますが。
取材者
今、「アタッシェケースが欲しい」と思うビジネスマンって、どんな人でしょうか?
飯塚さん
私です(笑)。「一番好きな鞄は何ですか?」と聞かれたら、アタッシェケースと即答しますね。

牛革が使用されておりしっかりした作りで、収納スペースも多いアタッシェケース。

取材者
アタッシェケースのどのようなところに引かれますか?
飯塚さん
アタッシェケースを持つと、気持ちがシャンとして、自然と背筋が伸びるんです。使い勝手が良いかと聞かれたら、決して良いとは言えませんが(笑)。角度をつけて開けると中身がバラバラ落ちてきたり、満員電車の中では置きどころに困ったりと、あまり日本の文化に合う鞄ではないと思いますが、私が一番好きな鞄、持ちたいと思う鞄はアタッシェケースなんです。
取材者
若いビジネスマンにアタッシェケースをすすめる場合、どんなところが魅力だと説明しますか?
飯塚さん
仕事をするうえでいい緊張感を持ったり、気持ちをグッと締めたりするために、アタッシェケースを持つのはすごく良いことだと思うんですよ。スーツも、1万円から数十万円までさまざまな値段のものがありますが、折り目がピシッと入っていれば高級そうに見えるし、手入れがされていなければ貧相に見えますよね。
靴とベルトの色が合っているとか、靴がきれいに磨かれているとか、そういうところに気をつけている人を見ると「しっかりしている人だな」と思いませんか? 見た目だけきちんとすればいいわけではありませんが、自分を整えるという意識はすごく大事だと思います。

株式会社青木

1894年創業。中央区日本橋小伝馬町で、120年以上鞄製造と卸販売に携わっている。六代目社長の飯塚貴志さんは、20歳からこの業界に入り、現在は東京鞄協会の副会長も務めている。

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