改正の狙い
改正の背景
現行のプロバイダ責任制限法は2001年に制定され、被害者には発信者情報開示請求権が認められました。匿名での誹謗中傷投稿が社会問題化するようになり、被害者救済のため、問題のある投稿をする発信者の氏名等を特定できる情報の開示が必要となったからです。
それからおよそ20年が経過し、制定当時には想定されていなかったログイン型のSNSや、海外事業者によるサービス(Twitter、Facebookなど)が広く普及するようになったことで新たにさまざまな問題が出てきたことが改正の背景にあります。
現行法の問題点
違法な投稿・書き込みがなされた場合、被害者は削除を求めると同時に、損害賠償請求等のため発信者情報の開示を求める必要があります。発信者の特定にはIPアドレス、タイムスタンプなど通信記録の情報が不可欠となりますが、これらも含め、発信者情報の開示については、現行法では次のような問題がありました。
- 手続きや審理に時間がかかりすぎてプロバイダーの通信記録が消えてしまう(通信記録の保存期間は一般的に3カ月から半年とされるため)
- 海外事業者への送達等に時間を要し、事実上発信者の特定が困難
- プロバイダーは任意開示に応じてくれない
- コンテンツプロバイダーから入手した情報だけではアクセスプロバイダーが発信者を特定するのに不十分な場合がある
こうした問題から、裁判で発信者情報の開示を求める被害者側のコストや労力がかさみ、多大な努力を強いられるケースがあり、今回の法改正に至りました。
コンテンツプロバイダーとアクセスプロバイダー
コンテンツプロバイダーとは
インターネット検索サービス、SNSや掲示板の運営会社などデジタル情報を提供する事業者のことをいいます。
アクセスプロバイダーとは
主に携帯電話会社やインターネット通信会社などインターネット接続サービスを提供する事業者のことをいいます。
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改正の内容
今回の改正では「発信者情報の開示」が主眼となっています(「削除請求」については変更ありません)(注1)。改正のポイントは大きく2点あります。
- (注1)投稿の「削除請求」については以下のバックナンバーを参照ください。
「インターネット上の誹謗中傷は削除できる?」の巻
1. 発信者の特定が一つの手続きでできる新たな裁判手続きの創設
改正前
現行法では、SNSで誹謗・中傷の被害を受けた場合、発信者の情報を特定するためには2度の裁判手続きを行う必要があります。まず、1)SNS等の運営者であるコンテンツプロバイダーに対してIP アドレス等の発信者情報開示仮処分を行い、2)開示された情報に基づいて動画投稿などの通信を媒介した携帯電話会社などのアクセスプロバイダーに対し、契約者の氏名住所等の開示を求める「発信者情報開示請求訴訟」を行う(訴訟提起前に発信者情報の消去禁止仮処分を行うこともある)という流れです。
発信者情報の開示は、発信者に対して削除請求や損害賠償請求をするための準備として行うものですが、その準備段階で2度も訴訟をしなければならないというだけでも被害者にとって大きな負担です。しかも、その間に通信記録が消えてしまう可能性もあり、そうなればせっかく訴訟をしても発信者を突き止められなくなります。また、通信記録が消去されてしまうことを回避するためには発信者情報消去禁止の仮処分手続きを取ることもありえますが、新たな訴訟が増えることになるので被害者の負担はさらに重くなります。
改正後
新たな裁判手続き(「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続き」)が創設されたことで、発信者の情報開示請求を1回の手続きで済ませることができるようになりました。裁判所に発信者情報開示命令を発令してもらうのがあくまで最終目標ですが、それまでの間、通信記録の保全のため、コンテンツプロバイダーに対して、アクセスプロバイダーの名称等情報を被害者に提供するよう命じる「提供命令」と、コンテンツプロバイダー・アクセスプロバイダーの双方に対して、発信者情報の消去禁止を命じる「消去禁止命令」を発令してもらえるようになったのです。
こうして発信者の特定を一つの手続きで行えるようになったことで被害者の負担が軽くなったほか、この手続きの中で「提供命令」や「消去禁止命令」を通じて通信記録を迅速に保全できる仕組みが導入されました。
なお、プロバイダーが海外事業者の場合、裁判所から外務省等を通じて訴訟書類を送達することになるため数カ月単位の期間を要することもありましたが、今回の改正によりこの問題も解消される見通しです。
2. 開示請求対象範囲を拡大
改正前
SNS などのログイン型サービスは、法の制定当時には想定されておらず、改正前において開示対象となっていたのは「権利侵害投稿に係る通信記録」(権利侵害に該当する投稿を行った時のIPアドレス)のみでした。けれどもログイン型サービスでは、「ログインした時のIPアドレス」は保存されているものの、「権利侵害の投稿を行った時のIPアドレス」は保存されていないということがあります。このような場合、せっかく「ログイン時のIPアドレス」だけは残っていたとしても、それは「権利侵害投稿に係る通信記録」に当たらず、開示対象にはならないという考え方もありました。
改正後
発信者特定に必要となる場合には、「ログイン時のIPアドレス等」の情報も開示対象となるよう、対象範囲が拡大されました。これによって、Twitterなどのログイン型サービスの場合でも開示請求がやりやすくなりました。
以上の主な改正ポイントに加え、発信者が開示拒否をした場合の「理由照会の義務化」も改正法に盛り込まれています。改正前から、プロバイダーに対して発信者情報開示請求があった時、プロバイダーはこれに応じるかどうか発信者に意見聴取することになっています。多くの場合、発信者が開示に同意することはないのですが、改正後は、権利侵害に該当する投稿を行った発信者が情報開示を拒否、または開示に応じない場合、プロバイダーはその理由を聴取しなければなりません。
なお、発信者情報開示請求権の要件は「権利侵害の明白性」と「正当理由」の2点ということで、現行法からの変更はありません。発信者情報の開示請求手続きは改善されましたが、発信者情報の開示が認められる要件自体が緩やかになったわけではないということです。
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実務上の流れ
新しい制度のもとでは、次のような実務上の流れとなります。
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まとめ
改正プロバイダ責任制限法により、新手続きが非訟事件とされ、発信者情報開示が一つの手続き内で行われます。これにより提供命令と消去禁止命令による速やかなログ保全が可能となって、発信者情報が得やすくなりました。被害者の権利救済が大きく前進したのは事実ですが、海外事業者がきちんと対応するかなど、依然として不透明な部分は残ります。
改正法は、公布の日から起算して1年6カ月を超えない範囲において、政令で定める日から施行されます。従って具体的な施行日については、2022年9月末から10月上旬ごろと予想されます。また、参議院総務委員会における政府参考人の発言から、改正法施行前の書き込み・投稿についても改正法が適用される可能性は高いとみられています。
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