2023年 6月26日公開

一歩先への道しるべ ビズボヤージュ

大型3Dプリンターが21世紀型ものづくりの主役に?

執筆:小口 正貴(スプール) 企画・編集・文責 日経BP総合研究所

~壁を「印刷」するデモの様子を掲載~

試作品製造など個人主体の「デジタルファブリケーション」から台頭した3Dプリンターだが、この数年は大型化によってその可能性が一段と大きくなっている。米国では3Dプリントの街づくりが始まり、国内でも建築業界や自動車業界が注目している。さらにドローンと組み合わせればロボットアームの制約からも解き放たれる。「21世紀型ものづくり」とも言える動きだ。日本では近年大地震や豪雨などの災害が続くが、被災者向けのトイレやベッド、椅子などを避難所で製造できれば早期復旧や事業継続計画(BCP)に役立つ。ここでは大型3Dプリンターの開発と普及に取り組む2社の事例を紹介する。

* 本記事は「一歩先への道しるべ(https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/)」の記事を再掲載しています。所属と肩書は取材当時のものであり、現在とは異なる場合がございます。

3Dプリンターの建設利用に注目、公衆トイレを出力

會澤高圧コンクリートが導入したオランダのスタートアップ企業「CyBe Construction(サイビ・コンストラクション)」製の3Dプリンターのデモの様子。積層しながら壁を作っていくイメージで、従来の構造物の制限にとらわれない柔軟なデザインを短時間で造形できる。

事例の1つめは、北海道に本社を置く會澤高圧コンクリート。同社は3Dプリンター出力によってコンクリートの世界にイノベーションを起こすべく奮闘している。常識に縛られない新たな造形技術がもたらす“一歩先”を、現地取材を軸に報告する。

近年、3Dプリンターを建設分野に活用する動きが出てきている。米国では先ごろ、テキサス州オースティンに世界最大級の3Dプリント住宅街が誕生すると報じられた。3Dプリンターによる100棟の平屋住宅を建設する予定だという。そのほか欧州のオランダ、独、仏、政府が本腰を入れるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などが3Dプリンター活用の先進国として知られる。

この流れを受け、日本でも徐々に3Dプリンターを建設分野に導入する取り組みが進んでいる。2018年には、官民連携組織「3Dプリンティングによるコンクリート構造物構築に関する研究委員会」が発足。すでにスーパーゼネコンの大林組、大成建設、清水建設がシェル型ベンチ、伝統建築物の装飾復原、自由曲面形状の大規模コンクリート柱の構築に成功するなど、一定の成果を上げた。

北海道苫小牧市に本社を置く會澤高圧コンクリートも、早い段階から建設における3Dプリンターの可能性に着目してきた。オランダのスタートアップ「CyBe Construction(サイビ・コンストラクション)」が開発した3Dプリンターを2018年に導入し、2020年9月には2基の公衆トイレを出力。北海道深川市の深川工場で従業員用トイレとして利用されている。

會澤高圧コンクリートが3Dプリンターで出力した2基の公衆トイレ
(写真:小口 正貴)

サイビの3Dプリンターはロボットアーム式で、入力した3次元データに基づいて特殊モルタル(セメントに水と砂を加えたもの)を出力する。積層しながら壁を作っていくイメージで、従来の構造物の制限にとらわれない柔軟なデザインを短時間で造形できるのが特徴だ。2020年に完成した深川工場の新建屋の外壁には、3Dプリンター出力によるパネルを採用。まるでアートを想起させる仕上がりとなっている。

深川工場外壁のパネル。工場建設時の過程を時間に沿って表現した
(写真:小口 正貴)

手応えを得た同社は、3Dプリンター事業を加速させる。出力の依頼は引きも切らず、向こう半年以上は予約で埋まっているという。事業を推進するのは東大智氏。先に挙げた3Dプリンティング研究委員会のメンバーにも名を連ねる、入社10年目の若きリーダーである。東氏、そして同社のSDGsプロジェクトに携わる石井美穂氏に話を聞いた。

3Dプリンターが出力している様子。同社の鵡川工場(北海道むかわ町)で撮影
(写真:小口 正貴)

業界の「革命児」のもと、アイデアを次々と形に

會澤高圧コンクリートは1935年(昭和10年)に創業。北海道を中心に、全国・海外に事業所や工場を展開している。3代目である代表取締役社長の會澤祥弘氏は日本経済新聞社の元記者で、若い頃に中内功氏、堤清二氏といった日本を代表する実業家を取材。インターネット勃興期の1990年代中盤にニューヨーク特派員となり、現地でアマゾン・ドット・コムを創業したばかりのジェフ・ベゾス氏にインタビューした経験を持つ。

こうした背景もあり、帰国後に家業を継いでからは“外からの視点”でコンクリート業界の改革に次々と乗り出した。全社にパソコンを支給してIT化を推し進めたほか、2001年にはネットワーク型の小型自動化生コンプラント「OOPS!ウップス」で数々の賞を受賞するなど業界の革命児として名を知らしめてきた。

およそ10年前には、湧き出るアイデアを共有する場としてアイザワ技術研究所を設立。東氏は本社の生産科学本部と技術研究所員を兼務しながら活動する。

會澤高圧コンクリート 執行役員 生産科学本部 品質システム統括 東大智氏
(写真:小口 正貴)

「アイザワ技術研究所では、會澤を含めたコアメンバーが情報を持ち寄って今後に向けた新規事業開発の展望などを話し合っています。3Dプリンターは、その会議から生まれたアイデア。コンクリート会社にとって画期的な技術になるとのことで採用に至りました」(東氏)

取材に訪れた鵡川工場では、さまざまなコンクリート製品を製造している。軟体のコンクリートを固めるには木材、あるいは鉄製の型枠が必要だが、3Dプリンターは“型枠レス”を実現する手段となる。

深川工場の公衆トイレがその例だ。同社が扱う材料押出堆積法の3Dプリンターでは、粗骨材(砂利)を含んだコンクリートそのものを出力できないことから、現状ではそのまま建築物に利用することは不可能。そのため深川工場のトイレは出力した特殊モルタルを型枠として、内部に生コンと鉄筋を注入した鉄筋コンクリート(RC)造としている。

これは地震国ならではの厳しい建築基準法の規制があるからだが、「逆の見方をすれば、多彩な形状の型枠が作れるということ」と東氏は強調する。完成したトイレの丸みを帯びた凸凹形状の壁を従来工法で手がけるとなれば、時間もコストもかなりかかると話す。

高さ1メートルほどのオブジェの出力に要した時間は約13分
(写真:小口 正貴)

コンクリート×●●で次代を切り開く

公衆トイレの開発は、3Dプリンター活用を世間にアピールする取り組みとしてスタートした。それまで研究や開発とは無縁だった石井氏を始め、社内の3人の女性がSDGsプロジェクトに抜擢され、「SDガールズ」が誕生。アイデアマンの社長から「3Dプリンターで出力したトイレをインドに普及させるプランを考えてほしい」との命が下った。

SDガールズの面々。左端がデジタル経営本部の石井氏。手前のロゴも3Dプリンターで出力したもの
(写真:小口 正貴)

「実際にインドを訪問してトイレ事情を視察してみると、切実な社会課題であることが見えてきました。まず自宅にトイレがないのが当たり前で、100メートル、200メートル先の公衆トイレで用を足している。ふさがっている場合は野外排泄を余儀なくされ、女性が危険な目に遭うことも日常茶飯事だと聞いて驚きました」(石井氏)

インド向けプロトタイプのトイレ
(写真:小口 正貴)

インド向けのプロトタイプは花のつぼみをイメージした丸形で、SDガールズが何度もダメ出しを食らいながら仕上げたものだ。排泄層にはおがくずを使用し、微生物が固形物を分解するバイオマストイレを採用。さらに空気中の湿気から水を生成する装置を備え、上下水道と連結しない自己完結型のオフグリッド仕様とした。これは清潔な水道インフラが整備されていないインドの状況を加味したためである。装置のコストや電気の供給など、まだハードルはあるものの「安全で持続的に使い続けられるトイレのひな形になったと思います」と石井氏は振り返る。

空気中の湿気から水を生成する装置
(写真:小口 正貴)

トイレを公表した2020年秋以降は問い合わせがぐんと増え、建築物以外の製作に関しては続々と事例が生まれている。例えばワイン農家の依頼を受け、コンクリート製のワインタンク製造にも挑んでいる。

コンクリート製のワインタンク。ステンレスとは異なり、微妙な通気性があるためにワインのまろやかさと厚みが増すという。こうした独特な形状は3Dプリンターの得意分野
(写真:小口 正貴)

會澤高圧コンクリートのユニークなところは、3Dプリンター以外でも貪欲に最新テクノロジーを採り入れている点だ。バクテリアが修復する自己治癒コンクリート「Basilisk(バジリスク)」はオランダのデルフト工科大学と開発したもので、すでに量産化に成功。製造段階で少なくないCO2を排出するコンクリートの長寿命化を図る。この観点から、「脱炭素」に向けたソリューションとして脚光を浴びている。

2021年8月には福島県浪江町に研究開発型生産拠点の「福島RDMセンター」を建設することで町と合意。敷地内ではスマートマテリアル、再生可能エネルギー、スマート農業、防災支援などの各種研究を行なう。そのほか、すでに開発を進めているエンジン搭載の産業用ドローンを用いた「空飛ぶコンクリート3Dプリンター」の実用化を検討する。

産業用途に特化した500ccエンジン搭載の大型ドローンを独自開発。左が會澤氏、右が開発者である元スズキの二輪エンジンデザイナー、荒瀬国男氏。人や危険物を避けながら飛行できる完全自律型航行システムとのセット提供を予定する
(出所:會澤高圧コンクリート)

「外側から見るといろんなことに挑戦していると思うかもしれませんが、“コンクリート×●●”の軸は一切ぶれていません。もしドローンで3Dプリンティングができるようになれば、ロボットアームが届く範囲という物理的制約がなくなり、異次元のステージに突入します。これらはすべて、実現可能性が見えているテクノロジーばかり。数年後には現実となる期待があるため、我々のような若い世代も非常にやりがいを感じています」(東氏)

工作機械の安定性融合、“リアルに耐えうる”3Dプリンター

2社目の事例は2021年9月に大型3Dプリンターの量産機を発売したエクストラボールド。2017年12月に設立した同社は、工業用グレードの純国産大型3Dプリンターを開発・販売するベンチャーだ。2021年9月には量産機となる「EXF-12」の販売を開始。自動車をはじめ、建築、製造、家具など幅広い業界での活用を見込む。最初の顧客は自動車部品メーカーの前田技研で、価格は1台6000万円前後を想定する。