急速に立ち上がる超小型衛星市場、リードするのはスペースX社
「直近で取り組むビジネスモデルはシンプルです。水を推進剤とした推進機(エンジン)を、超小型衛星を作る企業に販売していくというモデル。今年はすでに1000機以上の超小型衛星が世界で打ち上げられ、過去の市場予測を上回るペースで成長しています。仮にその市場の20%を取れば200機以上が対象となります。それが目指す規模感です」
超小型衛星用の推進機を開発する東京大学発スタートアップ、Pale Blueの共同創業者兼代表取締役を務める浅川純氏はそう語る。
Pale Blueの共同創業者兼代表取締役、浅川純氏
(撮影:長坂 邦宏、以下出所記載のないものは同)
水が推進剤? あまりに身近な水を使うとは先端技術にそぐわない印象を受けるが、東大時代に小型推進機用の推進剤について研究し、「厳しい要求を全部満たすには水しかない」という結論に至った。単なる思いつきなどでは決してない。SDGs(持続可能な開発目標)に注目が集まる今、宇宙開発においても環境への配慮は時代の要請だ。水は常温常圧で液体貯蔵でき、完全に無害のため取り扱いも容易。今の時代にこれ以上マッチした推進剤はない。
そもそも超小型衛星とは何か。最初にそれを理解する必要がある。人工衛星には気象衛星、通信衛星、放送衛星、地球観測衛星など平和利用の衛星だけでも数多くの種類がある。大型のものになると重さは数tにもなり、開発コストは数百億円もかかる。これに対して、重さが10~100kgのものを米航空宇宙局(NASA)は超小型衛星と呼んでいる。その開発コストは2〜3億円、開発期間も2年程度で済む。
超小型衛星のはじまりはCanSat(カンサット)だ。1998年、米国と日本の12大学がハワイで集まった「大学宇宙システム会議」でスタンフォード大学のボブ・トウィグス名誉教授が炭酸飲料の大きさの構造体を宇宙に打ち上げる計画を発表。翌年実施され、その後CanSatは「缶サット」とも呼ばれ、宇宙技術開発の教育を目的にした競技会まで開かれるようになった。
「2016年頃までは技術実証の要素が強く、大学や研究期間が超小型衛星を打ち上げていました。その実績を見て、これは実利用できると民間企業が判断し、17年から一気に打ち上げ数が増えました」と浅川氏。
16年まで超小型衛星および小型衛星(100kg〜1t)の年間打ち上げは200機以下だったが、17年以降は300機以上に増え、19年には400機弱まで達した。21年は1000機を上回るとされる。
Pale Blueが開発した水蒸気式のエンジン。ほぼ10cm立方で、手のひらサイズだ(提供:Pale Blue)
「1社に1台」といわれたのは10年以上前のことだが、それが誇張でない世界が目の前に近づいている。この市場を牽引するのは米国勢だ。代表的なのがイーロン・マスク氏率いるスペースX。衛星間通信により多数の衛星を協調動作させる「衛星コンステレーション」を行う同社のスターリンク(Starlink)衛星は、計画では1万2000機打ち上げる予定で、インターネット通信に使用される。今年11月までにロケットの打ち上げは31回を数え、1800機以上のスターリンク衛星が打ち上げられたという。
一方日本でも、超小型衛星技術のパイオニアであるアクセルスペース(東京・中央区)が東京大学などと共同で、次世代小型通信衛星コンステレーションの構築を目指している。100キログラム級衛星で地上との電波・光のハイブリッド通信を行う技術開発に着手している。
「超小型衛星を作っているのは世界で200社以上、国内でも10社以上はあるのではないか」と浅川氏は話す。市場が急速に立ち上がりつつあるのが現状だ。
気候変動に起因する深刻な自然災害が毎年、世界各地で発生する。グローバル企業は自社でいち早く地球の異変を正確に察知し、世界の拠点にその情報を伝える必要がある。企業は「事業のリスクと機会」を把握することが何より重要で、超小型衛星はそのための有効なツールと考え始めたようだ。
膨大な審査書類の作成で方針転換
浅川氏は東大の学部、修士、博士過程を小泉研究室で過ごした。小泉研究室は宇宙推進工学やプラズマ工学を中心に基礎研究と実利用に取り組んでいる。
「もともとは人工衛星(の開発)をやりたかったのですが、テストの点数が足りなくて中須賀/船瀬研究室には入れなかったんです」。中須賀/船瀬研究室は超小型衛星プロジェクトを多数行っており、製造技術からマネジメント技術まで低コストの衛星開発を目指している。その研究室に入れなかったのは、浅川氏にとってひとつの挫折だったという。
きついなと思ったら仕事から離れ、スマートホンやパソコンなどの情報をシャットオフ(遮断)する。趣味のバイクも気分転換にいいという
浅川氏が水を推進剤にした研究を始めたのは博士課程に進んだ2016年だ。それまでは大型衛星の推進剤にも使われるキセノン・ガスで研究を進めていたが、高圧ガスとして封じ込める容器には耐圧性が求められ、小型化のネックになっていた。しかも、安全審査基準がとても厳しかった。
「ロケットに搭載する時に厳しい安全審査基準があり、書類を山のように作らなければなりません。それが推進機本体の開発以上に大変な作業でした」
そんなことではキセノンを推進剤に使うのは絶対にダメ。すべての要求を満たすには「水しかない」との判断になり、水を推進剤とする推進機の研究に切り替えた。
「私たちには水蒸気式エンジンと水プラズマ式エンジンの2種類があり、これを一つのモジュールに統合したハイブリットタイプもあります。特徴的なのは特許を取得している水プラズマ式エンジンです」
水蒸気式エンジンとは、エンジン内部の真空空間に水を噴射し、20℃ぐらいで蒸発させ、その水蒸気を穴から高速で噴き出し推進力を得るもの。水プラズマ式は水蒸気を得るところまでは同じ。その後、マイクロ波でエネルギーを当てて水蒸気を電離しプラズマ化し、それを高速で噴射して推進力を生成する。衛星本体を速く動かしたい場合は水蒸気式、効率よく動かしたい場合は水プラズマ式が適しているという。
水プラズマ式の原理(提供:Pale Blue)
水プラズマ式の開発ポイントは錆びない構造をどう実現するかだった。
「酸化に強い小型プラズマ生成技術が小泉研究室にはありました。具体的には電極を使わないという方法です。プラズマを発生させる領域に強力な磁石を置いて磁場を作る。その周辺に漂っている電子を磁場がトラップし、電子の運動周期に合わせた周波数のマイクロ波を照射し、共鳴現象を起こす。するとエネルギーを与えられた電子が加熱され、激しく動いて水蒸気に衝突し、電離反応が起こります。そのプラズマを噴射するのです」
プラズマが噴射される様子(提供:Pale Blue)
小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」で大活躍したマイクロ波放電式イオンエンジン。そのエンジンを開発したのが宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所長を努めた國中均氏で、そのもとで研究していたのが現在の小泉研究室を率いる小泉宏之准教授だ。10年以上かけて小型化を進めてきた。
博士課程のときに「アントレプレナー道場」という授業に出席
その小型化という成果を手にして創業したのがPale Blueだ。2020年4月、小泉准教授をはじめ東大で超小型衛星用推進機の基礎研究と実利用に取り組んできた4人が共同創業者となり、コロナ禍の中で船出した。