チームラボが考えるアートとは何か
――チームラボの作品については多くの人が一定のイメージを持っていますが、チームラボ自体は案外、知られていません。
工藤岳氏(以下、工藤) チームラボは「集団的創造の実験の場」として2001年に代表の猪子寿之をはじめ5人で始まりました。ロボット工学だったりプログラマーだったり数学者だったり、それぞれバックボーンの違う人間が集まりました。
チームラボには2つの顔があります。1つはクライアントワーク。経済的にチームラボを存続させるためにWeb制作やアプリ開発などクライアントから受託するソリューションの仕事です。業界ではチームラボはクライアントワークの会社だと認識されています。もう1つはアートの制作。ニューヨークのPace Galleryに所属しているアートコレクティブとしての顔があります。国際的な学際的集団としてアート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索しています。
2つのうちアートについては評価されず、なかなかお金にならない状況が続いたことがあります。アートシーンに入るきかっけは、2011年に台北にある現代美術家・村上隆さんの「カイカイキキギャラリー」で初めて個展を開催したことでした。村上さんに「世界に出なきゃだめだ」と言われ、それまでモヤモヤとしていたものが吹き飛びました。
チームラボの工藤岳氏。肩書を聞くと、「役員以外、肩書はありません。肩書というより職能。例えばエンジニア、CGアニメーターなどです。僕の場合、多分チームラボの一員というのが正確です」
(撮影:長坂 邦宏)
――デジタルとアートの関係性についての考えを聞かせてください。
工藤 村上さんにアドバイスをいただくまで、僕らはアートと言いつつも、アートが何なのか分からずに、ぼんやりとクリエイティブという言葉を使っていました。
村上さんに「アートとして頑張れ」と言われた当時に考えていたのが、今後あらゆるものがデジタルとつながる世界になり、その動きはもう止めらないということでした。ビジネス的あるいは国際競争力みたいなことを考えると、言語化できるものは競争力が落ちるんじゃないかと思いました。多分、言語化できるものはコピペして、すぐに同じサービスがつくられてしまう。
そう考えると、言語化できないような領域しか残らない。それは例えばクールなもの、ファニーなもの、あるいは美しいものかもしれない。そういうものを、デジタルを使って拡張し表現する。つまり、アート的な要素があるものしか生き残らないじゃないかと考えたんです。
2018年6月21日から2022年8月31日まで東京・お台場にあった「チームラボボーダレス」。正式名称は「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」。520台のコンピューター、470台のプロジェクターが使われ、約60作品が連続して描かれた。
「チームラボボーダレス」東京 お台場©チームラボ
――アートをどう定義しますか。
工藤 チームラボでは、人類の価値を変えたり、美という概念自体を拡張したりするものをアートと考えています。
マルセル・デュシャン(1887-1968)が男性用の小便器に「泉」というタイトルを付けた作品(1917年)を出展し、センセーションを巻き起こしました。彼のやりたかったことは多分、概念が美しければ人はアートとして感じるのではないかということだと思います。美の対極にある小便器に「泉」という美しい名前を付け、コンセプトが美しいという作品をつくった。もちろん当時は誰もアートとしては見ませんでしたが、次第に「コンセプトが美しいってアートの本質じゃないか」と感覚的に思う人が増えてきたんです。
アートかどうかは世間が決める話で、それも10年や20年先のこと。運良く評価された時に僕らの作品はアートというジャンルに仲間入りするのではないかと思っています。
――先ほどデジタルを使って「拡張」するというお話がありました。そのことについて詳しく教えてください。
工藤 今、デジタルのメインストリームはシリコンバレーにあり、そこでは人間をどのように拡張するかに主眼を置いた開発が進められています。例えば身近な例で言えばWikipediaなんかは人間の脳を拡張するものでしょう。
でも、僕らがやりたいのは周りの物理空間そのものをデジタルで拡張することです。それは主流でないがゆえに、そもそもそのための技術がない。だから、ダ・ヴィンチやラファエロらが工房を構えて作品を制作したように、僕たちもチームを組んでつくらなければいけない。チームラボという名前には「チームをつくりラボラトリーで何かに挑戦し、作品をつくっていく集団でありたい」という意味が込められています。
「花と共に生きる動物たち II」
「チームラボボーダレス」東京 お台場©チームラボ
――さまざまな作品を手掛けて世界各地で常設展を行なっていますが、2018年6月に東京・お台場に開館した「チームラボボーダレス」は、米TIME誌の「World’s Greatest Places 2019(世界で最も素晴らしい場所2019年度版)」に選ばれるなど、大きな話題となりました。なぜ「ボーダレス」なのですか。
工藤 僕らはずっと人々と世界との関わり方に興味を持ってきましたが、境界(ボーダー)自体は実は人間のつくり出した幻想なんじゃないかと思っています。
例えば森について理解しようと思った時、森は木々の集まりだけど、木って細胞の固まり、細胞は・・・とどんどん小さくしていくと素粒子になる。境界があるようでない。地球と宇宙についても同じで、地球はゆるやかに宇宙とつながっている。それと同じように、実は世界も境界線で分けて理解することができないし、時間的な連続性と切り離して理解することも難しい。
人間がつくった境界という幻想で人間は右往左往するので、本来的には境界のない世界だと信じればボーダレスの世界って美しいんじゃないだろうか。そういう問いかけから始まっています。
チームラボボーダレスでは約60の作品が連続して現れ、作品同士がコミュニケーションを取りながら、境界なく動いていく。鑑賞者も作品の一部になって、そこにも境界のない世界をつくりました。
「何が正解か分からない時代。コンセプトが美しいと思った時、世の中は大きく変わっていく。世界中でアートが求められているのは、そういうことだと思うんですよね」
(撮影:長坂 邦宏)