2024年10月 8日公開

一歩先への道しるべ ビズボヤージュ

ドラマ「ファーストペンギン!」モデルの次の一歩

執筆:長坂 邦宏(フリーランス) 企画・編集・文責 日経BP総合研究所

海の「廃材」を畑に入れて野菜づくり

山口県萩市でシングルマザーとして翻訳などの仕事をしていた坪内知佳氏は2010年、ジリ貧だった地元漁業の6次産業化に取り組み、取れたての魚や野菜を箱詰めにして直接全国の飲食店や消費者に届ける事業を立ち上げた。現在ではその仕組みを「船団丸」方式として全国各地で展開する。坪内氏の奮闘ぶりはテレビドラマ「ファーストペンギン!」(日本テレビ系)で描かれ、2022年10月から12月にかけて放映され人気を博した。そして今、新たな取り組みを本格的に始めた。漁業から出たミネラル(廃材)を農業へ活用し、貴重な資源を循環させる試みだ。全国を飛び回り、インタビュー当日も一睡もせずに応対してくれた坪内氏。現在の事業内容、精力的な活動の原動力、ビジネスに対する基本姿勢、今後の目標などについて聞いた。

GHIBLI(ギブリ)代表取締役 坪内 知佳氏

* 本記事は「一歩先への道しるべ(https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/)」の記事を再掲載しています。所属と肩書は取材当時のものであり、現在とは異なる場合がございます。

――今日は福島県郡山市の総合地方卸売市場にお邪魔しています。まずは郡山市とのつながりを教えてください。

坪内知佳氏(以下、坪内) 2010年に「船団丸」の事業を始め、鮮魚をちゃんと出荷できるようになったのが2011年7月でした。

坪内知佳氏と萩大島船団丸の漁師たち。2010年12月、漁師たちと出会い、2011年3月に約60人の漁業者をまとめて「萩大島船団丸」を設立して代表に就任した。がんなどを患った経験から食への関心が高く、一次産業から安全・安心な食材の供給に従事したいと考えるようになる。
(出所:GHIBLI)

その4カ月前に東日本大震災が発生し、テレビで津波の映像と、海と船と魚をなくした上に家族と家もなくした漁師さんの姿が映し出されました。それを見た時、漁師さんたちが将来海へ戻った時、取れた魚の販路はどこにあるのだろうかと思い心が痛みました。

翌2012年、東京電力福島第一原子力発電所の事故で帰還困難区域に指定されていたエリアに入れるという経営者団体の集まりがあったので参加しました。ちょうど数日前に団体に入会したばかりでした。その時に来たのが郡山市で、アテンドしてくれたのが鮮魚仲卸「山吉」代表取締役の山吉隼人さんだったんです。それから何か一緒にやりましょうとなり、現在、「福島まるごと船団丸」と「極鮪」の事業を展開しています。

今まで捨てていたものを「まるごと」いただく

――「まるごと船団丸」とはどのような事業ですか。

坪内 「船団丸」ブランドでは漁業の6次産業化に取り組んできました。鮮魚やその加工品を箱詰めして直接全国の飲食店や消費者に届けます。萩大島船団丸にはじまり薩摩川内船団丸、徳山瀬戸内船団丸など全国11カ所で展開しています。

これに対して「まるごと船団丸」ブランドは、海のミネラル(廃材)を畑に入れて野菜づくりの肥料として循環させます。今まで捨てていたものを「まるごと」いただくという意味から「まるごと船団丸」と名付けました。現在はホタテやカキの貝殻を砕いて畑に戻しています。土壌が酸性になると野菜の根が痛んだりしてしまいますので、貝殻を砕いたものを入れて土壌を中和します。

――山吉さんのところで出たマグロのアラ(頭、骨など)も発酵・分解して魚粉にし、畑に肥料として使うそうですね。マグロのアラはどのくらい出るものなのですか。

山吉隼人氏(以下、山吉) 今日さばいたのは10本ほどで少ない方ですが、年間を通して1日当たり20〜30本はさばきます。重さにしたら1日平均40kgほどですね。

郡山市の総合地方卸売市場の「山吉」で、坪内知佳氏(左)と山吉隼人氏。手前にあるのがマグロのアラ
(撮影:長坂 邦宏)

坪内 それを魚粉にして畑に持っていくのですが、どうやって魚粉にするのか現在検討中です。コンポスト(堆肥をつくる容器)を利用する方法がありますが、それでは処理が追いつかないかもしれません。北海道や神奈川県で実施例があるので、それを見てからどういう方法を採用するか判断したいと思っています。

萩大島ではドラム缶を使って魚を発酵・分解し、耕作放棄地の畑を借りてそこに入れ、漁師さんがブロッコリーとタマネギをつくっています。ただ、その方法では臭いが出るし虫も寄ってきます。離島だからできる方法で、市街地に近い場所ではできません。

生ごみって燃やすと二酸化炭素(CO2)が出ますよね。それを極力なくす取り組みをしていきたいと考えています。

「海のミネラル(廃材)を畑に入れて資源を循環させ、今まで捨てていたものを『まるごと』いただく」と話す坪内氏
(撮影:長坂 邦宏)

――マグロのアラはこれまでどうしていたのですか。

山吉 廃棄処理していました。そのための費用が毎月4万円から5万円かかっています。

坪内 海の資源を畑に戻すことは2012年から考えていましたが、具体的になってきたのは今年の1月からです。これまでずっと試行錯誤をしてきましたので、年内にはうまく着地させたいと思っています。私たちはもっと自然に寄り添った消費を目指していかないといけないと考えています。

ECサイトでは「環境を破壊しない」商品しか売らない

――あらためて坪内さんが現在取り組んでいる事業内容について教えてください。

坪内 2014年4月に株式会社GHIBLI(ギブリ=イタリア語でサハラ砂漠から地中海に向かって吹く熱風のこと)を山口県萩市に設立し、「船団丸」を商標にしました。「船団丸」ブランドでは鮮魚販売・加工品販売を行い、「まるごと船団丸」ブランドでは先ほど説明したように鮮魚販売・加工品販売のほかに海のミネラルを畑に入れて野菜づくりを行い、販売します。現在、「鹿児島まるごと船団丸」と「福島まるごと船団丸」を展開しています。鹿児島も福島も野菜を出荷する契約農家さんがそれぞれ10数軒あり、地域で野菜を販売しているほか、ECサイトで直接全国の消費者にお届けしています。もうひとつ、一級の生マグロを厳選してお届けする「極鮪-きわめマグロ-」ブランドがあります。以上が「船団丸」ブランドです。

「船団丸」ブランドは、「萩大島船団丸」を皮切りに全国各地で展開するまでに成長した
(出所:GHIBLI)