2023年 9月 5日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

会社を守る事業承継とM&A(前編)

企画・編集:JBpress

事業承継は「準備期間5年の確保」と「経営者の定年の設定」から始まる

昨今「大廃業時代」「後継者不足」とセットで「事業承継」「M&A」という言葉を耳にする機会が増えている。経営環境が目まぐるしく変わる変革期にあって中小企業はどう事業を引き継いでいけばよいのだろうか。元経営者であり、現場を重視する「現場学者」として、長年にわたって多くの中小企業の経営に関わってきた法政大学大学院政策創造研究科教授の井上善海氏に話を聞いた。前・後編の前編となる今回は、事業承継について語ってもらった。

この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。

最低でも5年の準備期間が必要

――中小企業の事業承継を取り巻く環境をどう見ていますか。

井上 現在は社会の変化が激しく、企業存続が難しくなってきています。それを理由に事業承継を諦める中小企業が増えていると言われることもあります。この点については、私はもっとポジティブに考えるべきだと思います。

中小企業の経営は、大企業と比べて小回りが利き、変化への対応力があるのは間違いありません。事業承継やM&Aに備えることが、自社の将来の飛躍につながる可能性もあるのだということを、もっとよく考えるべきでしょう。

一方で、高齢化が進む中、事業承継がうまく進んでいない中小企業が多いという事実は大きな問題です。どうするべきか分からずに諦めている経営者がいたり、「私は100歳まで社長をやるから大丈夫」などと言っている経営者がいたりする状況です。多くの企業では、自社の理念や技術、資産を受け継ぐ準備さえできていません。

――事業承継を進めるに当たり、重要な要素は何でしょうか。

井上 会社の中で最も重要な存在である経営者が交代するわけですから、後継者に、経営者の「在り方」を伝えることが大切です。在り方とは、経営理念よりももっと根本にある考え方であり、経営者の頭の中にある暗黙知のこと。それは容易に言葉で伝えられるものではなく、経営者が後継者に並走しながら感覚的に伝えていくものになります。そのためには、少しでも長く並走する期間を確保する必要があります。

そもそも在り方が明確でない場合、これを明確にするところが始まりです。在り方は経営者自身が考えるしかありません。中小企業の経営者にとっては、在り方と自分の人生はほぼ同義です。自分の人生を人に委ねるというのはありえないことでしょう。

ただ、この在り方さえ明確にできれば、理念を形にしたり、事業承継を進めるに当たっての優先順位を決めたりといったことは容易にできるようになっていきます。

企業経営においては、まず在り方を明確にすることが大切。在り方があってはじめて足元で何をやるべきかが明確になり、実現したい未来に近づけるようになる。

また、中小企業が事業承継で引き継ぐ物理的な資産は、複雑かつ多岐にわたる場合があります。経営者の個人保証のものがあったり、創業家が保有する土地や建物があったりするためです。

経営者を交代するよりも、資産の引き継ぎの方が、時間がかかると考えられます。その意味でもやはり準備期間はできるだけ長く確保するべきです。

――具体的には準備期間はどれくらい確保するべきなのでしょうか。

井上 私は、3年の準備期間と2年の並走期間、合わせて最低でも5年間は必要だと考えています。資産や負債の整理も含めると、10年かかる場合もありえると考えておくべきです。

この時間を確保するためには、まず経営者自身が自分の定年を決めることです。ゴールを設定することで、初めてさかのぼって準備を進めることができるようになります。

“番頭”や“中継ぎ”が社内にいるか

――実際に事業承継を進める際のポイントや注意点を教えてください。