2024年 7月16日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

人の力を最大化する「自律型組織」(後編)

企画・編集:JBpress

「勝ち」を最優先にしない方が勝てる? 大学ラグビーの名将に学ぶ、組織改革と人材育成

なかなか勝てなかったチームが一転、全国大学ラグビー選手権9年連覇の常勝チームに――。大胆な組織改革で偉業を成し遂げたのが、1996年から2023年まで帝京大学ラグビー部の監督を務めた岩出雅之氏だ。「自律型組織」へとかじを切ったときに重視したポイントは何だったのか、人の力を最大化するためにどのようなアプローチを図ったのか、組織を変えようとするときに経営トップはどのような心構えが必要なのか。岩出氏に話を聞いた。

この記事は全2回シリーズの後編です。前編は下記よりご覧ください。

人の力を最大化する方法とは

――自律型組織のつくり方について伺います。先生は「外的環境づくり」と「内的環境づくり」を重視されています。外的環境、内的環境とはどのようなものなのでしょうか。

岩出 外的環境は自律型組織を支える風土と文化、内的環境は人の内面を指します。

外的環境づくりで意識しているのは、メンバーが精神的な余裕を持てるようにすることです。余裕がない環境では、自分を犠牲にして働いた末に体や心を壊してしまうようなことが起こりがちです。これでは自律型組織をつくれるはずがありません。

私たちは外的環境を変えるに当たって、大学の体育会系組織の常識であった「4年生は神、1年生は奴隷」という構造を見直しました。「入学したばかりで余裕のない1年生を雑用から解放し、4年生が雑用を引き受ける」といった根本的な見直しです。

この改革で、1年生は余裕を持って自分づくりに専念できるようになり、面倒を見てくれる先輩を尊敬するようにもなります。こうした環境と関係性が自律型組織の形成につながっていくのです。

かつては4年生を頂点として1年生が雑用などの負荷を負う構造だったが、体育会系組織の常識を覆し、ピラミッドを逆転した。
出典:岩出雅之氏提供の資料を基にJapan Innovation Review編集部で作成

内的環境づくりで重視しているのは、最終目標を「優勝」に設定せず、「ラグビーを通じて人として成長してもらうこと」としている点です。

勝利を第一目標とすると、ポジション争いなどで部内の雰囲気がギスギスしがちです。人の成長を目標にすると、チームの絆が深まり、その結果として勝てるようになります。

――著書「常勝集団のプリンシプル」の中で、実力を100%発揮する方法としてのフローになる技術について解説されています。フローになれる社員がいることは自律型組織をつくるために重要なことなのでしょうか。

岩出 集中力が高まり、能力が限界近くまで発揮されている状態のことを心理学用語で「フローになる」と言います。何かに集中して夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎてしまうことがあると思いますが、あの感覚です。

フローの概念を提唱したハンガリー出身の心理学者、ミハイ・チクセントミハイによれば、人はフローの状態になったとき、楽しく、満たされた幸せな気持ちになるそうです。

フローの状態であることにより、さらに良い仕事のアイデアが生まれ、それが人のため、社会のためになれば、働くことに対して意欲的な気持ちになれるでしょうし、フローがチームに広がれば、楽しみながら成果を上げる明るい職場になると思います。それはまさに、自律型組織で「継続して成果を上げていくこと」につながるのではないでしょうか。

――どうすればフローに入れるのでしょうか。

岩出 フローに入るためには、「どうすればフローの状態に入ることができるかを知ること」と、「フローが生まれやすい環境をつくること」が必要です。

フローに入る条件はいくつかありますが、中でも「適度な難易度のタスク」と「心理的安全性が確保された環境」は重要なポイントです。

前者は、「現状のレベルより少し上の難易度のタスクにチャレンジする」ということです。難し過ぎれば不安になりますし、簡単過ぎると惰性に陥ってしまいますから、上司が部下にタスクを渡す際には、普段から念入りに部下のスキルを観察していないと、バランスの良い挑戦レベルを設定するのは難しいでしょう。

後者は「周りを気にせず、没頭できる環境をつくる」ことです。他人の評価ばかりを気にするような文化や、失敗が許されない環境、惰性がまん延している職場ではなかなかフローに入ることができません。

尊敬できる先輩のいるチームで自分なりの目的を定め、不安のない環境で達成に向けた取り組みができる場があったらどうでしょう。こうした環境の方がフローに入りやすいことは想像に難くありません。

組織文化を変えるために経営者がすべきこと

――組織文化を変えるには経営者が自ら率先して変わらなければなりません。手間や時間もかかると思われます。経営者自身はどこからどう変えていけばよいでしょうか。