2024年 8月 6日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

中小企業を強くする「身の丈BCP」(前編)

企画・編集:JBpress

人的・資金的な余裕がない企業でもできる、「身の丈BCP」とは

日本は地震などの自然災害が多いうえ、近年では新型コロナウイルスのパンデミックのような予期せぬ事態も起こっている。企業経営においては、BCP(事業継続計画)の重要性が高まる一方だ。2024年1月に発生した能登半島地震では、被災地となった石川県内の4市町で、110を超える事業所が廃業を決めたという(6月1日時点)。「中小企業にとって、突然の廃業は決してひとごとではない」。そう語るのは、事業継続研究所代表/中小企業診断士の京盛眞信氏。不測の事態から会社を守るために、同氏が推奨する「身の丈BCP」の重要性と活用術について話を聞いた。

この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。

BCPはリスクを回避するだけでなく、企業を強くする

――BCPという言葉を耳にする機会は増えていますが、そもそもBCPとは何でしょうか。

京盛 BCPはBusiness Continuity Planningの略で、日本語では「事業継続計画」となります。自然災害やサイバー攻撃など突発的な事態が起こった際に、事業を継続すること、早期復旧することを目的とします。

企業が危機的な状況に陥ると、売上が消失し、キャッシュフローが急激に悪化します。つまり、「いかに早く売上を回復させるか」が倒産リスクを大きく左右する――そう考えると、BCPは、企業の生存戦略であると同時に、経営戦略そのものであるとも言えます。

企業が取り組むべきリスク対策は、大きく四つに分類して考えることができます(下図参照)。リスクの発生頻度が高く、経営上の影響が大きいものは「リスクの回避」、発生頻度は低いが、影響が大きいものは「リスクの低減」、発生頻度は高いが、影響が低いものは「リスクの転嫁」、発生頻度も影響も低いものは「リスクの保有」に分類します。

具体策としては、「リスクの回避」はコンプライアンスの策定、「リスクの転嫁」は保険や委託の活用、「リスクの保有」は日常の経営活動の中で対処するといったことが考えられます。そして残る一つ、図の左上にある「リスクの低減」への対策に当たるのがBCPの領域です。

企業を取り巻くリスクにはさまざまなものがあり、リスクの性質によって対処法が異なることを理解する必要がある。
出典:京盛眞信氏提供の資料を基にJapan Innovation Review編集部で作成

低減すべきリスクに該当する地震や台風などの災害は、もし起これば経営に与える影響は甚大です。発生頻度は低いですが、一般に企業が永続することを使命にしていると考えれば、いずれ必ず遭遇するリスクとも言えます。

BCPにおいては、発生頻度が低い自然災害のような事態を想定内の事態として備えることが大切です。備えがあれば、中核業務を守るなど、事業の継続や再開の可能性を高めることができるからです。そうして最低限のキャッシュフローの確保や顧客離れの回避につなげていくのです。

――大企業ではBCPの策定が進んでいる印象ですが、中小企業においてもBCPは普及しているのでしょうか。

京盛 帝国データバンクが発表している「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2023年)」によると、BCP策定率を企業の規模別に見た場合、大企業が35.5%、中小企業が15.3%となっています。策定している企業の数の上昇率においても、大企業が2016年から8.0ポイント上昇しているのに対し、中小企業は3.0ポイントの上昇にとどまっています。

このデータから、中小企業はBCPに対して腰が重いことが分かります。全ての企業がコロナ禍という異例の事態を経験したにもかかわらず、あまり変化していないことを踏まえると、この状況を大きく変えるのは容易ではないと言えそうです。

特に中小企業の腰が重い理由は、「人的な余裕がない」、「資金的な余裕がない」、「時間がない」、そして「BCPを策定するメリットがない」と考えている経営者がほとんどだからです。

――確かに、BCPには追加のコストというイメージがあります。せめて分かりやすいメリットがあれば、中小企業でももっと取り組みが進むかもしれません。

京盛 実は、メリットはいくつもあります。まず、BCPの策定に取り組めば、その取り組み自体が企業の競争力を高めることにつながります。有事に備えて内部留保を高めようと、普段から製造原価や固定費の削減に努めることで、利益率が改善したり現場のコスト意識が高まったりするためです。

BCPへの取り組みが、売上の拡大に直結する場合もあります。私が顧問を務める千葉県のメッキ会社の例を紹介します。

数年前、台風の影響によって千葉県で広域停電が起こりました。その会社も工場の生産ラインが止まってしまいましたが、策定したBCPに沿って、顧客企業の担当者に即座に電話をして状況を報告しました。その後も1日2回必ず連絡を入れるといった基本を忠実に実践したことで、信頼を得て、復旧後の受注増につながったのです。

ちなみに、この時、逆にもし連絡を怠っていたら、顧客離れを引き起こしたはずです。被災時の経験則では、音信不通の期間が1週間に及ぶと顧客は離れていくと言われています。

――とはいえ、「人的な余裕がない」などと二の足を踏んでいる中小企業が多いのは事実です。何か良い打開策はありますか。

京盛 私はよく、社長の後継者にBCP策定を任せるべきだと助言しています。BCPを策定するには、例えば製造業の場合、資金調達から、取引先の情報、製造方法、在庫管理、そして従業員の管理まで、あらゆることを経営者のように把握しなければなりません。

後継者にBCPを作らせて、社長がその内容をチェックする。この一連のやりとりが後継者教育につながるので、まさに一石二鳥と言えます。

まずは身の丈に合わせた「身の丈BCP」から始めよう

――BCPを策定するに当たり、検討するべき目的、必要な体制、そして中核業務の定義について概要を教えてください。