2026年 1月 6日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

人の非合理的な行動を解明する行動経済学(前編)

企画・編集:JBpress

心理的なプロセスを理解すれば売り上げも社員の行動も自然に改善できる

従来の経済学のセオリーだけでは説明できない消費者の「非合理的な行動」を心理面から解明する手法として、行動経済学が注目されている。行動経済学を学ぶことで、企業のマーケティングはどう変わるのか。価格設定や組織マネジメントにどのような形で役立てられるのか。ビジネスへの応用が進む行動経済学について、この分野の第一人者として知られる中央大学戦略経営研究科教授の阿部誠氏に聞いた。

この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。

  • ※ 1月20日公開予定:人の非合理的な行動を解明する行動経済学(後編)

「人は合理的に行動する」は本当か? 行動経済学が覆した経済学の常識

――行動経済学とはどのような学問なのでしょうか。一般的な経済学と何が違うのでしょうか。

阿部 行動経済学は、「人は必ずしも合理的な判断をするわけではない」という事実に光を当てる学問で、伝統的な経済学に心理学を導入する形で発展してきました。

伝統的な経済学では「人は常に理にかなった行動をする(ホモ・エコノミクス)」という仮定をベースに、経済にまつわる事象を説明してきました。「物の値段が上がれば買い控えする人が出てくるため、売り上げが落ちる」といった右下がりの需要曲線説は、その典型例です。

しかし、実際の市場では、このような経済合理性では説明できない事象が繰り返し起きています。例えば、米国の高級オーディオメーカーのBoseが日本に進出した際の失敗談もその一つです。日本での売り上げを伸ばしたいと考えた同社が、日本で製品ラインの価格を下げたところ、売り上げが落ちてしまったのです。これはBoseの顧客層が、高級ブランドを所有する満足感や優越感に価値を見いだしており、割安感が裏目に出てしまったことが原因でした。

ここには「価格=品質のバロメーター」という心理が働いています。つまり価格や選択は、経済的な痛みや得失だけではなく、社会的地位や自己満足といった心理的意味合いを帯びていることが分かります。

1980年代に心理学を取り込んで発展した行動経済学は、こうした人間らしい非合理性を体系的に説明しようとする学問なのです。

――なぜ今、行動経済学が注目されているのでしょうか。

阿部 2017年に行動経済学の領域でリチャード・H・セイラー氏がノーベル経済学賞を受賞したことや、Google、Amazonといったグローバル企業が行動経済学の専門家を雇用し、ビジネスに生かしていると知られるようになったことがきっかけになっていると思います。

また、インターネットメディアやSNSなどによって、人の行動が他人の言動に影響される機会が増えている点も、注目される理由の一つかもしれません。

価格設定に潜む心理のメカニズム

――行動経済学はビジネスのどのような領域で役に立つのでしょうか。

阿部 行動経済学はビジネスの幅広い領域に応用できますが、私は特に役立つ領域としてマーケティング、マネジメント、自己実現を挙げています。