2026年 7月 7日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

ビジネスの成果を最大化する戦略的交渉学(前編)

企画・編集:JBpress

「間を取る」妥協が企業価値を下げる。「察する文化」の先にある合意形成の三原則

ビジネスの現場から経営層の意思決定まで、あらゆる場面で「交渉力」が問われる現代。グローバル化が進み、暗黙の了解に依存した日本型のハイコンテクスト文化が通用しなくなる中、感情論や力関係に頼らない建設的な合意形成が求められている。目先の妥協を防ぎ、企業価値の向上につながる「交渉学」とは何か。東京富士大学経営学部経営学科教授の隅田浩司氏に、要点を聞いた。

この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。

  • ※ 7月21日公開予定:ビジネスの成果を最大化する戦略的交渉学(後編)

交渉学は「相手を言い負かす技術ではない」

――交渉学とは、どのような課題をどのようなアプローチで解決する学問なのでしょうか。

隅田 交渉学はもともと米国のロースクールで発展した学問です。弁護士が依頼人の利益を守るために、裁判所や相手方とどう向き合い、どのように合意形成するかを実践する中から、成果につながる方法論が体系化されました。

交渉はビジネスにおいても、営業の商談はもちろん、アライアンスの締結や品質問題への対応、社内の部門間の調整や上司・部下の対話に至るまで、日常のあらゆる場面に存在します。社員が出社してから帰宅するまで、何らかの交渉を繰り返していると言っても過言ではありません。交渉学は、そうしたさまざまな領域で活用できます。

重要なのは、交渉学が「相手を言い負かす技術ではない」ということです。社会心理学では、交渉は「利害の異なる人々が話し合いを通じて相互作用しながら、共同して合意や意思決定を行うプロセス」(佐々木美加『交渉の心理学』ナカニシヤ出版(2012)p.1)と定義されています。その本質は、対立を力でねじ伏せることではなく、異なる利害を持つ相手と納得できる合意を形にしていくことにあります。

だからこそ「相手をだます」「強引に押し切る」「自分だけが得をする」といった発想は交渉学の本流ではありません。そういうやり方では、仮にその場で合意できたとしても、相手に不満や不信が残り、その後の関係に悪影響を及ぼします。

ハーバード大学のロジャー・フィッシャー教授らが提唱した交渉理論でもこの点を重視しています。問題に向き合いながら双方の利益を確保し、新たな価値を生み出すことを目指す交渉スタイルが原則立脚型交渉(Principled Negotiation)です。自分が弱い立場に立たされた場合、どうすれば最悪の事態を避けられるか、価格交渉のメカニズムを理解したうえで、どのような提案をすべきかなど、実践的な研究がなされています。

立場だけを考慮して話をすると、賛成か反対かの二項対立になりやすい。利害に目を向けると、より本質的な交渉や説得が可能になる。この例で言えば、研修の実施や段階的な導入などの選択肢が見いだせる。
出典:取材を基にJBpress Innovation Review編集部で作成