2018年 6月12日公開

【連載終了】専門家がアドバイス なるほど!経理・給与

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「退職した社員の秘密保持義務・管理はどうする!?」の巻

テキスト/梅原光彦 イラスト/今井ヨージ

  • 経理

退職社員による元勤務先の秘密情報の漏えいや目的外使用(悪用)が、ニュースで時々話題になります。顧客名簿、取引先情報、商品開発情報などの秘密情報は会社の競争力や信用力の源泉ともいえるもの。これらの秘密情報を守るには、どのように管理すればよいのでしょう。今回は退職した社員の秘密保持義務に焦点を当てて解説します。

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秘密保持契約の必要性

情報漏えいというと産業スパイが暗躍するようなイメージがありますが、実際には自社の社員や退職者などから秘密情報が漏れるケースが多いといえます。また、退職者が元勤務先の秘密情報を悪用して商売を始めたというケースもあります。そうした秘密情報の漏えい・悪用から会社を守るうえで大切なのが社員との秘密保持契約です。

秘密保持契約の必要性

秘密情報は、自社の優位性を確保するための重要な財産です。けれども、形のあるものではないだけに、一度漏えいされると瞬時に拡散し、元の状態に戻すことはできません。一方で、秘密情報は活用してこそ意味のあるもの。それには従業員や取引先に一定条件、ルールの下で開示する必要があります。当然、取引先に秘密情報を開示する際は秘密保持契約を結んでおくべきですが、秘密情報を取り扱う自社社員との間でも事前に秘密保持契約を結んでおくことで退職後の漏えい・悪用防止のための手を打っておくべきです。

秘密保持契約は言うまでもなく、社員に秘密情報の守秘義務を負わせるための約定です。守るべき秘密情報には、大きく分けて営業秘密とそれ以外の秘密の二通りあります。

営業秘密とは

営業秘密とは、不正競争防止法によって保護される会社の秘密情報です。他人の営業上の秘密を侵した者は、この法律に基づいて差し止め請求、損害賠償請求、信用回復措置請求などの民事的請求を相手方からされるばかりでなく、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金などの刑事罰もあります。ということは、仮に秘密保持契約がなくても、営業秘密を無断使用もしくは無断開示した退職者に対しては、会社は損害賠償などの法的措置を求めることができるのです。

秘密保持契約の有効性

営業秘密が法律で保護されているのであれば、そもそも秘密保持契約書(注1)は必要ないのではという疑問が浮かびます。そこで登場するのが、「営業秘密以外の秘密」です。社員と秘密保持契約を交わすのは、営業秘密以外にも守りたい情報――「営業秘密以外の秘密情報」があるからです。不正競争防止法で保護される「営業秘密」には当たらないとしても、「他人に知られてしまっては不都合な情報」、すなわち対外的には秘密にしておきたい情報を守るために、秘密保持契約書は役に立つと言えるのです。

さらに言えば、不正競争防止法で保護されるはずの営業秘密であっても、裁判になればその情報が「営業秘密」に当たるかどうかが争われることがあります。その場合に備えて、対象となる営業秘密をある程度明確に秘密保持契約書に規定しておくことには意味があります。社員との間で秘密保持契約を締結しておくことは、法による保護を受けるべき「営業秘密」として認められるために有効だということです。

  • (注1)ほかにも「誓約書」「念書」など用語はさまざまありますが、本稿では「秘密保持契約書」としています。

秘密情報と営業秘密

不正競争防止法で保護される対象は「営業秘密」、秘密保持契約で保護される対象は「秘密情報」です。よく似た名称ですが別の概念なので混同しないようにご注意ください。

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秘密保持契約書の作成・管理の注意点

秘密保持契約書は作成するうえでも、それを管理するうえでも注意が必要です。ここでは秘密情報がしっかり保護されるための幾つかのポイントを紹介します。

秘密情報の範囲

社員に対して秘密保持を求める誓約書を作成するときは、何を漏えいしてはならないか、何が秘密情報に当たるかを定める必要があります。情報を守る側からしたら、できるだけ範囲を限定せずに多くのことを秘密情報に含めておいた方が有利なのではと考えがちです。けれども、秘密情報の範囲を広げ過ぎると逆効果になる場合があります。必要性・合理性の観点から公序良俗に反すとして全部または一部無効とされる恐れがあるからです(民法90条)。
例えば秘密情報を「顧客の名簿および取引内容に関わる事項並びに製品の製造過程、価格等に関わる事項」と限定して定めていた秘密保持契約書の有効性が争われた事案について、「秘密の範囲が無限定であるとはいえない」との理由で有効とした裁判例もあります。逆にいえば無限定であると解釈されそうなほど秘密情報の範囲を広げると無効とされることもありうるということです。

どの程度まで範囲を明確化すればよいかはケースバイケースで一義的には言うことはできません。従って、秘密情報として守りたい情報はできるだけ限定すること。公知情報や退職した従業員が適法に取得できる情報は除いておき、秘密情報の範囲をむやみに広げないようにしておくことが大切です。

秘密情報の定義

自社の秘密情報とは何か。まずそこを明確にしなければ社員にしっかりと守らせることはできません。そして何が秘密情報なのかは当事者である企業自らが定める必要があります。秘密情報の選定に当たっては以下のような観点で判断していきます。

  • 自社独自の情報であるか。それが漏えいした場合、自社の競争力が低下するかどうか
    (例)取引価格、仕入れ先リスト、顧客名簿、販売マニュアル、公表前のデザイン……など
  • 漏えいすることで法令違反や他社との契約違反等となるか。それによって自社の社会的信用の低下を招いたり 、他社との信頼関係が損なわれたりする結果になるかどうか
    (例)顧客の個人情報、受託やライセンス等の他社との契約などで限定的に開示された営業情報……など

技術情報の場合は

漏えいすることで、自社の市場優位性が失われる、またはそのことで法令違反や他社との契約違反等となるかどうか
(例)部品の組み合わせ方法、新規素材の成分、受託やライセンス等の他社との契約などで限定的に開示された技術情報……など

技術情報の場合は、その内容や市場性との兼ね合い、管理コストなどの関係で、特許権などの知的財産権として権利化した方がよい場合、逆に権利化せず秘密情報にした方がよい場合、多様なケースがあるので、ここでは深く言及しません。

管理方法も重要

秘密保持契約書で秘密情報の範囲を定めたからといって、それだけでその情報が保護されると考えるのは危険です。例えば、秘密保持契約書で「秘密情報」と指定している情報でも、机の上に置きっぱなしにして誰でも見られる状況であったとしたら、後に裁判で争われた場合、「秘密情報」として認定されないこともありうるのです。
では、どうすれば秘密情報として保護されるのでしょうか。ここで参考になるのが過去の判例です。退職者の秘密保持義務について、秘密保持契約書で保護される秘密情報の対象を、不正競争防止法の「営業秘密」類似の要件で制限した裁判例がありました。

その要件とは――

  • 秘密として管理されていること(秘密管理性)
  • 有用な情報であること(有用性)
  • 公然と知られていないこと(非公知性)

この裁判例の射程範囲がどこにまで及ぶのかは明確ではありませんが、実務上の重要な指針になるのは間違いありません。中でも特に重要になるのが「秘密管理性」です。つまり、秘密情報として指定された情報をどう管理していたかが重要になるということです。経産省発行の「秘密情報の保護ハンドブック」なども参考にしつつ、適切な管理方法(アクセス権限、秘密情報の表示)を実施しておく必要があります。

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その他の注意点

秘密保持契約書を取るタイミング

社員が必ずしも円満退社するとは限りません。退職が決まってからではサインしてもらえない可能性もあります。従って秘密保持契約書は入社時や昇進時など関係が良好なうちにもらっておくこと、あるいは就業規則や入社時に結ぶ雇用契約書に、退職後の秘密保持義務を定めておくことが重要です。

また社員のポジション、役職ごとに扱う情報は異なります。理想を言えば、ポジション、役職ごとに秘密情報の範囲を変えて秘密保持契約書を出してもらうことです。それが困難なときは、入社時は秘密情報の範囲の広い秘密保持契約書を交わし、昇進時に、秘密情報の範囲をより明確化・具体化させた契約書を新たに交わし直してもらうなどで対応する方法もありえます。ただこれは一例であり、各社の実情に合わせた仕組みとすることが肝要です。

転職者を採用する場合は

これまで退職した社員の秘密保持義務について説明してきましたが、逆に中途採用した従業員が前勤務先の秘密保持義務を負っている場合もあります。もしもその社員が、前勤務先の秘密情報を目的外使用した場合、その会社から損害賠償請求を受けるというリスクがあることに注意する必要があります。

従って、採用時に前勤務先との間で秘密保持契約を結んでいないかどうか確認すること、そしてもしも秘密保持契約を結んでいた場合には、前勤務先の秘密情報を使用しないよう求める誓約書を提出させるなどの対処も検討しておく必要があります。

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まとめ

元勤務先と退職社員との間でよく問題になるのは、秘密情報の漏えい・悪用と競業(注2)の問題です。このため退職に当たり、秘密保持義務条項と競業避止義務条項の両方を入れた誓約書などを提出させるケースも多いと聞きます。今回はそのうちの秘密保持について取り上げました。本稿をきっかけに秘密情報の選別・管理、さらには退職社員への対応などを再検討してみてはいかがでしょうか。

  • (注2)社員が前に所属していた会社と競合する会社・組織に就職したり、競合する会社を自ら設立したりするなどの行為。

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