2023年 7月25日公開

一歩先への道しるべ ビズボヤージュ

3.11の経験から生まれた「止まらない」通信技術

企画・編集・文責 日経BP総合研究所

南海トラフ地震の備えに、災害時もスマホで連絡が取り合える仕組みを実現

東日本大震災で大きな問題の1つとなった通信の途絶。被災時の救助要請や適切な救助活動を迅速に行うためには、有事の際も止まらない通信手段の確保が必要だ。そこで今、国や自治体から注目を集めている通信技術が、東北大学と構造計画研究所が共同開発した「スマホdeリレー」である。その開発経緯や機能とともに、「平時」にも広がりつつある技術活用の現在地を聞いた。

構造計画研究所 社会デザイン・マーケティング部の平野剛氏

* 本記事は「一歩先への道しるべ(https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/)」の記事を再掲載しています。所属と肩書は取材当時のものであり、現在とは異なる場合がございます。

産学連携で実現したいつでもつながる技術

2011年3月の東日本大震災では、通信が途絶して孤立する地域が多発。被災地との連絡手段が失われ、救助活動に大きな支障をきたした。当時自衛官として務め、被災地入りした経験を持つ構造計画研究所の平野剛氏はこう振り返る。

「大規模災害では、地区毎の被災状況についての情報がないと、救援部隊をどの地区にどれくらい投入すべきか適切な判断ができません。災害で通信が途絶しても、地区毎の被害状況を把握して、限られた救援部隊を適切に配分するための仕組みが必要だと痛感させられました」

災害で通信インフラがダメージを受ければ、固定電話はもちろん、スマートフォン(以下、スマホ)や携帯電話も使えなくなる。電気通信設備が破壊されても、救助要請や安否確認ができるようにするには、災害時にも使える通信手段を確保しなくてはならない――そんな問題意識から生まれたツールが、国や自治体から熱い注目を集めている。東北大学と構造計画研究所が共同開発した「スマホdeリレー」だ。

「スマホdeリレー」とは、圏外でも使える“共助(助け合い)型”の情報通信技術である。スマホ同士のBluetoothによる直接通信を使って、バケツリレー式に情報を伝達。基地局のような通信インフラがない場所でも、メッセージなどの情報をやりとりすることができる。

リレーは完全自動化され、スマホ操作は一切不要。専用のアプリを入れると、周囲を常にスキャンしてスマホ同士をつなぎ、互いが持つデータのリストを照合して、必要なデータを交換し合う。スマホからスマホへと自動的にデータを受け渡していくので、万一、通信インフラが被災しても、救助要請や安否確認を行うことができる。

「当社は1956年に、大学発のベンチャー企業として工学博士の服部正が立ち上げた会社です。建築業界では、業界に先駆けてコンピュータを導入した会社としても知られています。建物の構造設計業務からはじまり、情報通信や製造分野、人の意思決定に関わる支援などに事業を拡げ、工学的な知見を基盤とした技術コンサルティング会社として社会課題の解決に取り組んできました」と構造計画研究所の佐藤壮氏。

構造計画研究所 執行役員 営業副本部長の佐藤壮氏

通信や防災の分野でも実績を積み、2000年頃、基地局を経由せずに端末同士を直接つなげる「アドホックネットワーク」の研究開発に着手した。以来20年以上にわたって技術を蓄積してきた同社に、東北大学との共同開発の話が舞い込んだのは、3.11後のことだ。

東北大で通信の研究に取り組む加藤寧教授と西山大樹教授は、3.11の際、スマホや携帯電話が全くつながらない状況を体験。災害に対する通信の脆弱さを目の当たりにして、大きな衝撃を受けたという。

「もし、スマホ上でアドホックネットワークが使えたら、通信インフラが被災しても連絡を取り合えたのではないか。何としてもこの技術を実現したい、という先生方の思いに触れて、我々も協力させていただくことにしたのです」と、構造計画研究所の西浦升人氏は振り返る。

構造計画研究所 通信工学部 部長の西浦升人氏

こうして、産学連携による研究開発が本格化し、2017年には高知市での実証実験がスタートした。

「スマホdeリレー」はいよいよ社会実装に向けて動き出したのである。では、従来の通信技術と比べて「スマホdeリレー」にはどのような優位性があるのか。その1つは、消費電力がWi-Fiの10分の1で済むという点だ。

「この技術は災害時の使用を前提としているので、とにかく消費電力を抑えることに努めました。当初はWi-FiやBluetoothで端末同士をつなぐ方式を取り入れましたが、この方法だとどうしても消費電力がかさみ、バッテリーが1日もちません。それでは災害時には役に立たないので、現在は低消費電力版のBluetooth通信方式であるBluetooth Low Energyを使っています」と西浦氏は語る。

また、有料回線や専用の通信設備を必要とせず、スマホにアプリさえ入っていれば利用できるので、低コストかつ回線構築が容易。さらに、インターネットやクラウドの利用を前提としないクローズド・ネットワークなので、サイバー攻撃にさらされるリスクも少ない。iPhone端末とAndroid端末とを問わず、世の中にあるほぼすべてのスマホを直接つなげることができるのも特筆すべき点だ。

南海トラフ巨大地震による大津波への備えとして

「スマホdeリレー」初の活用事例となったのが、南海トラフ巨大地震で大津波の襲来が想定される高知県高知市である。