2023年 7月25日公開

一歩先への道しるべ ビズボヤージュ

海の厄介者が社会課題を解決する?

企画・編集・文責 日経BP総合研究所

「ヒトデを科学する」北海道環境バイオセクターの挑戦

海産物を捕食したり、漁網に大量にかかって廃棄処分が必要になったりするなど、ヒトデは漁業者にとって海の厄介者である。このヒトデを活用し、様々な商品を展開する企業が「ヒトデを科学する」というキャッチコピーを掲げる北海道環境バイオセクターだ。ヒトデが鳥避けや消臭洗剤といった製品に生まれ変わる理由とともに、環境問題の解決という次なる大きな挑戦を聞いた。

廃棄物となった大量のヒトデ

* 本記事は「一歩先への道しるべ(https://project.nikkeibp.co.jp/onestep/)」の記事を再掲載しています。所属と肩書は取材当時のものであり、現在とは異なる場合がございます。

ヒトデの成分を嫌ってカラスが寄り付かなくなった

現在、世界には約2000種、日本近海には約300種のヒトデが生息しているといわれる。漁網にかかるヒトデの量は、北海道だけで年間約1万5000トン。ヒトデがホタテなどを捕食することによる漁業被害も深刻化している。また、漁具にかかった大量のヒトデの廃棄処分も、自治体や漁業者にとって大きな負担となっている。

とはいえ、ヒトデは人間に害をもたらすだけではない。漁業者を悩ませるヒトデも、やり方次第では“宝の山”となる可能性を秘めている。抗菌・滅菌作用や抗酸化作用、免疫力向上など、様々な効果を持つサポニンを豊富に含んでいるためだ。

このヒトデが持つパワーにいち早く着目し、画期的な商品を次々に世に送り出してきた企業がある。北海道札幌市に本拠を置く、北海道環境バイオセクターだ。

「ヒトデは有害だ、厄介者だと言われますが、実は余すところなく活用できる海洋資源です。肥料として使えるだけでなく、消臭や鳥除け・虫除け、カビ抑止に使うこともできる。ただし、ヒトデを活用するためには、廃棄物処理のノウハウが必要です。その意味では、ヒトデを発酵・分解してエキスを抽出するバイオ技術と、そのエキスを利用するノウハウを持っていること。それが、当社の最大の強みだと考えています」と、同社代表取締役の三國康二氏は語る。

北海道環境バイオセクター 代表取締役の三國康二氏

同社の設立は2002年。水産系の残渣(残りかす)や家畜糞尿を分解して肥料化する、廃棄物処理を主力事業として成長してきた。ヒトデとの出会いは、建設業者の知人を介して、オホーツク海沿岸の自治体から「ヒトデを分解して肥料化できないか」と依頼されたのがきっかけだ。

漁をするたび、地引き網に膨大な数のヒトデがかかり、せっかく獲れたホタテを食い荒らしてしまう。漁獲量に影響が出るだけでなく、大量のヒトデを廃棄物として埋め立てたり焼却したりするコストもかかってしまう。そこで、当時、魚などの残渣処理を手がけていた同社に対して、「ヒトデも肥料にできないか」との相談が持ち込まれたのだ。

これをきっかけに、北海道雄武町で独自の発酵・分解資材を使ったヒトデ処理の実証実験を開始。ここで、思わぬことが起こった。ヒトデを発酵・分解して得られた堆肥を野積みにしていたところ、カラスが全く寄り付かなくなったのだ。

ヒトデエキスを撒くと、なぜ、カラスは寄り付かなくなるのか。その理由を調べていくと、「ヒトデから抽出したエキスの中に、光る成分があるらしい」ということが、おぼろげながらわかってきた。そこで、千葉大学等の研究機関に分析依頼をしたところ、その推測を裏付ける報告が出た。

「人間の肉眼では紫外線は見えませんが、カラスには人間の5倍の視力があり、紫外線の領域でも物を見ることができる。その紫外線の領域で、ヒトデから抽出したサポニンが、強い光を発していることがわかったのです。カラスには、強い光を見ると恐怖を覚え、寄り付かなくなる性質があります。これまでカラス対策は、威嚇音やフクロウの鳴き声、光を反射するCDなど、様々な方法で行われてきましたが、カラスはじき慣れてしまうので、あまり効果がなかった。しかし、ヒトデから抽出したサポニンが発する反射光は、カラスにとって大変な脅威となることがわかったのです」(三國氏)

北海道環境バイオセクターによるカラスの忌避実験(YouTubeのWebサイトが開きます)

成功のカギは、廃棄物処理で培ったコア技術

ヒトデとの出会いがもたらしたものは、それだけではない。ヒトデから抽出したエキスを生ごみに振りかけると臭いが消え、ウジも湧かなくなった。調べていくと、ヒトデにはカラス忌避だけでなく、害虫忌避や消臭といった様々な効果があることがわかってきた。

この結果を受けて、同社はヒトデから抽出したサポニンを「マリン・サポニン」と命名し、2006年、防鳥忌避液『SARABAカラスくん』や防虫忌避液『SARABAアリくん』、消臭製品を相次いで市場に投入。その効果はてきめんで、かつ合成添加物を使わないので環境にも優しいとあって、同社の製品は一躍メディアの注目を浴びることとなる。2022年にはデサント・ジャパンとの共同開発による、ゴルフ場におけるカラス対策製品『カラス除けティホルダー』が完成する。

「SARABAカラスくん」など北海道環境バイオセクターが展開する製品群

デサント・ジャパンと共同開発した「カラス除けティホルダー」

同社がヒトデの活用に乗り出した2000年代初頭は、ヒトデに関する情報も少なく、まさに未知の世界。その中で商品化に漕ぎつけることができたのは、同社が廃棄物処理の分野で培ってきたコア技術である。同社では、独自のバイオ技術により、酵母菌を主成分とした発酵資材「392」を開発。これを使うことで、厳冬期でも屋外で堆肥づくりができるようになり、発酵処理の期間も半年~1年から2週間~1ヵ月へと大幅に短縮された。

北海道環境バイオセクターが開発した「マリン・サポニン」(下)と水産系廃棄物の肥料(ウニ殻等)

「ヒトデの山をおがくずと混ぜ、当社の発酵資材を入れると、1週間足らずでヒトデの形がなくなります。しかも、大量のヒトデを発酵させるためには広いスペースが必要ですが、当社の発酵資材を使えば、恒温・送風の専用施設がなくても1年中、発酵処理ができる。マリン・サポニンをいち早く商品化できたのは、ヒトデを分解する技術と、抽出したエキスを利用するノウハウがあったからこそだと考えています」(三國氏)

孤独死の現場もマリン・サポニンのパワーで消臭

現在、同社が最も力を入れているのが、マリン・サポニンが持つカビ殺菌作用の活用だ。「ヒトデにはカビを抑止し、皮膚疾患を改善する効果があります。当社ではこの作用に注目して、ヒトデのエキスを使った石鹸の開発を進めてきました」と三國氏は言う。