2023年 9月19日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

会社を守る事業承継とM&A(後編)

企画・編集:JBpress

「相手は経営者自身の目で見極める」お見合いと考えればうまくいくM&A

親族や社員などに事業を引き継ぐ事業承継という手法に加え、最近ではM&Aも注目されるようになってきた。M&Aにはメリットも多いが、日本企業でうまくいくのか、どう進めればよいのか、落とし穴はどこにあるのかなど、不透明な部分もある。後編では、実際に多くのM&Aに立ち会ってきた法政大学大学院政策創造研究科教授の井上善海氏に、M&Aにどう向き合うべきなのか話を聞いた。

この記事は全2回シリーズの後編です。前編は下記よりご覧ください。

組織・風土の見極めがM&A成功の鍵

――前編では事業承継のポイントについてお聞きしましたが、最近では企業自体を売却するM&Aを選択するケースも増えています。M&Aについてはどう考えればよいでしょうか。

井上 中小企業にとってもM&Aにはさまざまなメリットがあります。メリットの一例としては、買収側がM&Aに慣れている場合に、引き継ぎにかかる手間や時間が親族・社員などへの承継と比べて大幅に少なく済むというのがあります。

また、買収側の企業のスケールメリットを享受したり、技術を補完し合うことによるシナジー効果を発揮したりして、売却後の経営の安定や成長につなげられる可能性も十分にあります。

一方で、M&Aには課題もあります。あらゆる企業には少なからず独自の組織・風土があります。特に日本においては、自分の会社を“わが社”と呼ぶ人が多いことからも分かるように、その傾向は顕著です。

例えば、私が研修を担当する企業の中に、合併してできた大企業があります。その企業が合併したのは数十年前ですが、研修に来る人の服装を見ていると、事業所によって制服のところもあれば私服のところもあります。いまだに合併前の組織・風土が残っているというわけです。

日本でM&Aを成功させるには、この組織・風土合わせの難しさがあるということをよく理解しておくべきでしょう。

――M&Aで成功するための鍵はどこにあるのでしょうか。

井上 組織・風土がネックになる可能性があるわけですから、M&Aはお見合いのようなものだと私は言っています。「銀行が紹介してくれたから」とか「資産価値が高くて安定感があるから」といった判断基準では、うまくいかないということですね。

ある会社の経営者は、自社を売却するのに適した会社が見つかるまで、とことんM&Aに関連するセミナーに通ったそうです。手間をかけて組織・風土までしっかり見極めたことで、M&A成立後の引き継ぎはとてもスムーズでした。買収側から来た役員との並走期間はわずか1年で創業者は退任しています。

組織・風土以外でポイントとなるのは技術です。やはり技術を持っている会社は強い。他社にない技術を持っている会社であれば、たとえ経営がうまくいっていなくて倒産しかけていたとしても買われる可能性があります。

その意味では、自社が持っている技術の価値を伝えること、自社の技術を評価してくれる企業を根気よく探すことも重要と言えるかもしれません。

いろいろ考え合わせると、有力な選択肢となるのは、取引先にM&Aしてもらうことです。普段から取引があれば技術に対する評価は確立されています。相性がよいからこそ取引が継続しているわけですから、組織・風土の観点での抵抗感も少ないでしょう。

その他には、経営者が自社の社員や買収相手を信用することも重要です。中小企業では経営者自身が特別な技術やスキル、ノウハウを持っていることが少なくありません。経営者が人を信用せず、それらを引き継がなければそもそも何も始まりません。ただ、この覚悟ができない経営者は意外と多いように思います。

――M&Aの落とし穴はどんなところにあるのでしょうか。

井上 相手が大企業の場合には、大企業と中小企業では経営の質が違うということを理解しておくべきです。コンサルタントに相談する場合でも、そのコンサルタントが大企業のOBだと中小企業の「仲人」には適さないことがよくあります。相談するなら、そもそも中小企業の経営を理解してくれるコンサルタントである必要があるわけです。

とにかく、失敗しないためには、前編でもお話した、経営者の「在り方」を明確にすることです。在り方が明確になっていれば、「やり方」はいくらでも考えることができます。やり方を考えるのが難しければ、コンサルタントに相談すればいくらでも教えてもらえますが、在り方は他者に頼るのではなく、経営者自身が考えなければなりません。

在り方として「人を大切にする」を据えるべきだ

――最後に、井上先生ご自身の過去の経験を踏まえ、経営者の在り方についての考えをお聞かせください。