この記事は全2回シリーズの前編です。後編は下記よりご覧ください。
- ※ 3月17日公開予定:AI時代に改めて注目したい知識創造理論(後編)
日本企業はなぜイノベーションを起こせなくなったのか
――変化が激しい時代には、「いかにビジネスでイノベーションを起こせるか」が重要です。今の日本では、そのイノベーションを起こせずに悩む企業が少なくありません。一方で、かつて日本企業が多くのイノベーションを起こしていた時代もありました。
廣瀬 高度成長期の頃、日本企業は世界中から高い評価を得ていました。著名な社会学者として知られるエズラ・F・ヴォーゲル氏が1979年に出版した著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で示されたように、当時の日本企業は、個々の製品の成功の背後にあった組織としての学習や改善、長期的な視野での経営や社会の仕組みが注目を集めていたためです。その土台には、日本人が持っていた学びへの強い意欲や、常により良いものを探求する姿勢、そしてそれを組織的に生かす制度や慣行があったと指摘されています。
知識創造理論の視点から見ると、当時の日本企業が強かった理由は「本質を追い求める姿勢」にありました。「顧客が本当に求めているものは何か」「自社の技術で顧客の期待にどう応えられるか」というビジネスの本質である顧客にとっての意味や価値の創造に向き合い続けたことで、独創的な製品が次々と生まれたのです。ソニーのウォークマンや松下電器のホームベーカリー、ホンダのシティなど、その世代の人なら誰もが鮮明に覚えているでしょう。
――そんな日本企業ですが、今は、イノベーションが起こりにくい企業だらけになってしまいました。なぜなのでしょうか。
廣瀬 その理由としては、かつて強みとなっていたいくつかの要素が失われつつあることが挙げられます。
かつては、社員がさまざまな経験から得た知恵やアイデアを気兼ねなく持ち寄り、組み合わせて新しいものを生み出す「場」が企業の中に存在していました。部門や組織のリーダーたちがそうした「場」を意識的、あるいは暗黙的につくっていたと思います。しかし今は、心理的安全性の重要性が盛んに語られるようになったのにもかかわらず、アイデアを気軽に共有することが難しくなっている「場」もあるようです。
その背景の一つに、成果主義の広がりがあります。数字で評価される環境では、人はどうしても短期的な成果を優先しがちです。本質を深く掘り下げるよりも、既にある成功事例を活用して、手っ取り早く成果を上げようとしてしまうことも少なくありません。社員が持つナレッジを掘り起こし、共有し、組み合わせるには本来時間が必要ですが、効率や成果の即効性が優先されると、その時間や手間を惜しんでしまうのです。
加えて、経営者やマネジメント層の側も、社員に「余白」や「遊び」を持たせることが重要だと理解していても、彼ら自身が短期的な成果や効率を強く求められるために、そのための時間や余裕を十分に確保できないという現実があります。こうした構造的な制約が重なり、組織内外のナレッジが十分に引き出されないまま、結果として、個人や組織が持っているはずの知識や知恵が生かされず、イノベーションが起きづらい状況になっていると言えるでしょう。
――廣瀬先生は、イノベーションを起こすための人とテクノロジーの役割についてどのようにお考えですか。