2026年 7月21日公開

有識者に聞く 今日から始める経営改革

ビジネスの成果を最大化する戦略的交渉学(後編)

企画・編集:JBpress

交渉の勘所とは? 実践的フレームワークと五段階のプロセス管理

変化の激しい環境下において、一回限りの商談から中長期的なアライアンスまで、企業の価値を守り抜く「交渉力」の重要性が増している。安易な妥協や値引きを防ぐための実践的なフレームワーク「MAGiC」や、五段階のプロセス管理の有効性を説くのは、東京富士大学経営学部経営学科教授の隅田浩司氏だ。交渉を個人技にとどめず、組織的な競争力へと引き上げるためのマネジメントの勘所を聞いた。

この記事は全2回シリーズの後編です。前編は下記よりご覧ください。

交渉を成功させるための勘所

――「交渉の三つの原則」を実践するためのポイントはありますか。

隅田 交渉の現場でありがちな失敗の一つが、相手の問いかけに、そのまま反応してしまうことです。例えば、「10%、お値引きをお願いできますか」「納期を2週間早めてもらえますか」と言われると、多くの人は反射的に「イエスかノーで答えなければならない」と感じてしまいます。

この時点で認知バイアスに陥っており、これを「二分法の罠」と言います。人間には、「はい」「いいえ」で答えられるような質問(クローズド・クエスチョン)に対して、「二択で答えなければならない」という思い込みがあります。

さらに、早く合意するために、こちらから譲歩しようとする心理が働くこともあります。例えば、10%値引きの要望に対して、「5%でどうですか」と切り返すようなケースです。冷静に考えると、10%値引きが5%値引きになったとしても、こちらが損をしている事実に変わりはありません。ところが、交渉中は、このことに気付かず、「間を取ってうまくいった」と思ってしまうのです。

そうした失敗をしないよう、相手から突然、「……してくれませんか?」と問われたら、二分法の罠を疑ってください。そのうえで、「初めて伺ったお話なので、もう少し詳しく教えてください」と切り返し、相手に説明責任を課してください。

「値引きする・しない」の二択に陥ってしまっている。ありがちなのは間を取って5%値引きするといった選択肢だが、利益を減らしているだけなので第三の選択肢とはいえない。納期や付加価値の変更など、価格とは別の選択肢を広げたい。
出典:取材を基にJBpress Innovation Review編集部で作成

次に、気をつけたいのがアンカリング(係留効果)です。これは、相手から最初に提示された数字が、特に合理的な根拠がなくても、交渉の出発点になってしまうという現象を意味します。アンカリングは非常に強力で、誰もが引っかかります。そこで二分法の罠に陥らず、「ちょっと詳しく状況を説明してください」と一呼吸置く。そして、相手の提示には「アンカリング効果があるので気をつけよう」と考える。この余裕が大事なのです。

ここで役立つのがメタ認知です。「今、自分は焦っていないか」「提示された数字に引きずられていないか」といった自分の状態を一歩引いて観察できるようになると、交渉は格段に安定します。