2022年10月 3日公開

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公益通報者保護法の改正と企業モラル

執筆:マネジメントリーダーWEB編集部

企業はコンプライアンス(法令順守)の上に成り立ちます。企業内で発生する不正行為を発見し、法令順守をさらに促す目的で、公益通報者保護法が改正されました。その改正内容と取り組みについて解説します。

1. 公益通報者保護法とは

企業で発生する不祥事の多くは企業内で働く従業員や取引先などの関係者によって、関係官庁や報道機関に通報され、明るみに出るといわれています。例えば、ときどきニュースなどで話題となる原材料の偽装や消費期限ラベルの貼り替えなどは、一般消費者にとっては気づきにくい行為です。

このような企業などの不正行為を監督官庁や報道機関に通報することを「公益通報」といいます。しかし、企業内部あるいは関係者にしか分からない不正行為の通報は、通報者が特定される可能性が極めて高くなります。そのため、通報者が不利益な扱いを受けないように保護する目的で2006年に公益通報者保護法が施行されました。

公益通報者保護法の適用要件

  1. 通報者は労働者(従業員)であること
    公益通報者保護法で保護される通報者は、企業・組織に属する労働者(従業員)となっています。これは、正社員だけでなく派遣労働者、パートタイマー、アルバイトのほかに、取引先などの関係する企業・組織の社員・アルバイトなどの関係者も含まれています。
  2. 通報内容は一定の法律に違反する行為であること
    通報の内容は、対象となる法律に違反する犯罪であることが必要です。この対象となる法律とは、刑法はじめ企業活動に関連する金融商品取引法、食品衛生法、廃棄物処理法、個人情報保護法など、約500本にも及んでいます。通報の際に具体的な対象法令名などを明示する必要はありませんが、監督官庁などの関係機関が調査実施のために必要となる具体的な事実を通報することが求められます。
  3. 通報先は事業者内、行政機関、外部組織
    通報先には以下の三つが定められています。この3カ所に優先順位は定められていませんが、保護されるための要件がそれぞれ異なりますのでご注意ください。
    • 事業者内部
      企業・組織内に設けられた内部通報窓口、企業・組織が契約を結んでいる法律事務所や通報受託サービス業者など。また、上司や管理職が通報先と規定される場合もあります。今回の改正で、事業所内部に通報受付窓口を設置することが義務化されました(パートタイマー・アルバイトなど常態雇用を含む従業員が300人以上の場合)。
    • 行政機関
      通報内容に対して許認可・勧告・命令などの権限を有する行政機関が通報先となります。通報内容と行政機関の権限が異なる場合は、行政機関が適切な通報先を紹介する義務があります。通報の遅れにより被害が拡大する場合もありますので、不正内容に関連すると思われる行政機関に通報(相談)することを優先してください。
    • 外部組織
      報道機関や消費者団体、労働組合など、通報することで被害の発生や拡大を防止するために必要と認められる組織が通報先となります。ただし、ライバル企業など企業間競争の地位や利益に影響するおそれがある場合は除きます。
  4. 通報者の保護
    公益通報者保護法は、規模や営利に関わらず全ての事業者に適用されます。事業者が通報者に対して公益通報を理由とした解雇を行うことは無効となります。同様に不利益な扱いを行うことも禁止されています。派遣労働者の場合も、派遣先との契約解除は無効となり、派遣者の交代を求めることも禁止されています。

公益通報者に対しての不利益な扱い(例)

降格給与上の差別
減給退職の強要
訓告雑務への従事など業務の変更
自宅待機命令(謹慎)退職金の減額・没収

参考

消費者庁「公益通報者保護制度 ~通報者の方へ」

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2. 公益通報者保護法改正のポイント

2006年から施行された改正前の公益通報者保護法では、通報するハードルが高く事業者への義務も明確でなかったため、十分に機能していなかったという指摘がなされていました。そのため、以下の3点を中心に法律が改正され、2022年6月1日から新しい公益通報者保護法が施行されました。

公益通報者保護法の改正ポイント

  1. 事業者が自ら不正を予防・是正する体制整備の義務化
    • 内部通報に適切に対応するための体制整備(窓口設定、調査、是正措置など)
    • 内部通報制度を運用するための指針を策定(通報や対応の規定整備、教育を含めた周知)
    • 行政措置の導入(助言・指導、勧告、違反企業名公表などの措置)
    • 通報対応担当者、調査担当者に対して通報者を特定する情報の守秘を義務付ける

    これらの体制整備は、前述している通りパートタイマーやアルバイトなどの常時雇用を含む従業員301人以上の事業所では義務化されましたが、300人以下の事業所においても努力義務として定められています。

  2. 通報内容対象の追加
    改正前は、対象となる法律に違反する犯罪行為(懲役、罰金、科料などの刑罰)が発生もしくは発生の可能性があることが通報内容の要件となっていましたが、改正後は過料(行政罰)対象の不正行為も通報内容の対象に含まれることとなりました。

    過料対象の不正行為とは、刑罰ではなく国や自治体が課す金銭納付命令です。転居の際に住民票の移転届を長期間放置したり、タバコのポイ捨て禁止条例など、自治体が定める条例に違反したりした場合に課せられます。

  3. 行政機関などの通報要件緩和
    • 行政機関保護要件の緩和
      通報対象事実を信ずるに足りうる相当の理由に加えて、信ずるに足りうる相当の理由がなくても、通報者の氏名・住所などの所定の事項を記載した書面の提出でも通報できるようになりました。
    • 外部公益通報の保護要件緩和
      報道機関など外部の組織に通報する場合に必要とされる要件に、(1)事業者が通報者を特定させる事項の漏えいの可能性、(2)通報者の財産に対しての重大な損害を与える可能性、の2点が追加されました。

    通報要件の緩和で外部機関に通報しやすくなります。そのため、事業者は社内の不祥事が社会的な問題として扱われ、想定以上のリスクを負う可能性も出てきます。企業内の通報体制を整備して大事になる前に不正を是正する自助努力がより一層必要となります。

  4. 通報者の保護強化
    • 通報者保護の拡大
      従業員に加えて、1年以内に退職した従業員(派遣従業員、取引先などの関係先従業員含む)、役員(関係先の役員含む)が追加されました。
    • 通報による損害責任の免除の追加
      通報者の解雇や不利益な扱いの禁止に加えて、通報が原因で事業者に損害が発生しても通報者に賠償請求することはできないという規定が追加されました。通報保護の対象者が拡大しますので、事業者は社内の従業員だけでなく取引先、発注先などの関係先の従業員も対象とした通報者保護体制を整備する必要があります。

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3. 公益通報者保護法と企業の取り組み

公益通報者保護の体制構築は、コンプライアンスが重視される社会において欠かせない要素となっています。不祥事・不正行為を告発する通報はゼロであることが理想です。これは、製品・サービス・店舗・事業所に対してのクレームも同様です。かつては単なる苦情としていたクレームは、いまや多くの企業で改善点の指摘として製品やサービスの向上のための情報として活用されています。

公益通報も、事業活動の足を引っ張る行為などとネガティブに捉えるのではなく、社会的な信用を失う行為を未然(最小限)に防ぐ提言として対処していくことが必要です。

STEP1:社内公益通報制度創設の指針を決定

不正行為、違法行為が発生しない企業風土を育むための経営指針を確立。この指針に基づいて、社内公益通報制度のプロジェクトを結成します。

STEP2:通報窓口・調査体制構築

クレーム対応の場合は「お客様相談室」などの名称で専門の部署・担当者を配置しています。通報窓口として専門部署、もしくは担当者を配置します。部署・担当者は、コンプライアンスや社内規定に関係することが多いので、総務部門が管轄となる場合が多いのですが、通報者保護や不正行為の是正には人事・労務部門との調整も必要になります。

通報内容の精査のために、調査チームを早急に立ち上げなければなりません。調査チームは公正な視点と守秘義務を負うなどの制約もあります。そのため通報者、通報内容(違法行為者)とは直接関わりのない人間が調査することが理想です。違法行為が予想される場合は、弁護士や税理士などの外部専門家を交えたチーム編成となります。

STEP3:通報ルールの策定

体制作りと並行して通報ルールの策定を行います。通報受付(対面・メールなど)、通報内容のまとめ方、調査方法、通報者の保護などを規定します。

STEP4:通報者保護制度の周知・教育

通報者保護で難しいとされているのが、通報者を取り巻く人間関係です。通報=告げ口というような悪いイメージを払拭(ふっしょく)するためには十分な教育研修が必要です。不正を許さない公明正大な職場環境を構築するための制度ということの理解・周知を行いましょう。また、通報マナーとして純粋に企業を守り、社内外の公益を図る目的で通報制度を活用すること。通報に際しては感情的にならない、恣意(しい)的な視点にならないなどの基本ルールを徹底します。

公益通報は不正目的ではないことが客観的に判断できることが必要です。不正目的、つまり通報を手段として金品をゆするなど、不正な利益を得たり対象者の信用を失墜や損害を与えたりすることだけが目的になることがあってはなりません。

STEP5:通報によるリスク回避、社内体制の改善効果の検証

公益通報制度によってもたらされた成果をまとめ、対応と原因の追究、是正効果を検証します。場合によっては社内規定の変更などが必要となることもあるでしょう。公益通報者保護制度は、まだなじみの薄い法律です。しかし、情報と働き方が多様化する中で企業と従業員が信頼し合って、企業活動を継続していくために重要な制度となっていくと思われます。内部の不正行為はSNSを通して簡単に世の中に広まっていきます。不正を防止、あるいは迅速に対処することが企業を守るための強力なツールになります。

公益通報者保護法は従業員規模が301人以上の企業が義務対象となっていますが、企業規模が小規模なうちから対処してコンプライアンスの意識や企業活動の透明性を高めていくことをお勧めします。

参考

消費者庁「公益通報ハンドブック(改正法準拠版)2022年6月」(消費者庁のWebサイト<PDF>が開きます)

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4. 健全かつ有効的・効率的に組織を運営するために

内部統制支援コンサルティング

内部統制とは、企業などの組織内部において、不正やミスなどが行われることなく組織が健全かつ有効的・効率よく運営されるよう、各業務で所定の基準や手続きを定め、それに基づいて管理・監視を行う一連の仕組みのことです。大塚商会では、内部統制の評価範囲の選定から、全社的な内部統制/IT全般統制の暫定評価、全体計画の策定支援をはじめ、運用状況評価する内部監査も含めて総合的にサポートします。

内部統制支援コンサルティング

  • *本記事中に記載の肩書や数値、社名、固有名詞、掲載の図版内容などは公開時点のものです。

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