2017年 3月 1日公開

ITここに歴史あり

ムーアの法則を具現化するインテルのマイクロプロセッサー

執筆:加山恵美(フリーランスライター) 編集・文責:株式会社インプレス

マイクロプロセッサーは多様化していきます。マルチメディア、モバイル、サーバーなど、用途別に機能や性能を強化していったのです。最初の4004と比較すると性能も電力効率も大幅に向上しました。どのくらい集積度が高まったか、イメージできますか?

1. 最初のマイクロプロセッサーは計算機から始まり、黎明期のパソコンへ

IT産業に携わる人なら「ムーアの法則」を知らない人はいないでしょう。実質的にはコンピューターの歴史とも言えるかもしれません。インテルはマイクロプロセッサーでこの法則を具現化し、発展を続けています。

始まりは約50年前の1965年。当時Fairchild Semiconductor International社に在籍していたGordon Moore氏が半導体技術の進歩について「(トランジスターなど)集積回路の集積度は約2年で倍増してきた。少なくともこの先10年はこの増加率が続く」と発表しました。この予測が後に「ムーアの法則」として知られるようになります。実際にメモリーやプロセッサーなどの集積回路は、現在に至るまでムーアの法則が予測した通りに進化し続けてきました。

論文発表後の1968年、Robert Noyce氏とGordon Moore氏が米国カリフォルニア州にIntel Corporationを設立します。当初は半導体メモリー製品を中心に開発していました。まだ「マイクロプロセッサー」がこの世に存在しない時代でした。

そして1971年11月、Intelから「4004」(写真1)が生まれました。世界初のマイクロプロセッサーです。搭載したトランジスターは2,300個。それまで複数の基板や部品で構成されていたものを一つの集積回路とした点が画期的でした。一つに集約することで、マイクロプロセッサーを搭載する機器のコストもサイズも下げることができ、機器の設計も容易になりました。ここからマイクロプロセッサーの歴史が始まります。

(写真1)世界初のマイクロプロセッサー「4004」

なお4004が登場する前月(1971年10月)にはIntelに企業として記念となる動きがありました。NASDAQ市場で株式を公開し多額の資金を調達したのです。加えて東京にインテル・ジャパン・コーポレーション日本支社(現在のインテル株式会社の前身)を設立しました。

インテル 広報室 コーポレートPR担当 青木哲一氏(写真2)は「ムーアの法則が示す『集積度が倍増する』とは『回路の数が倍増する』と言い換えることができます。回路が増えると、より多くの処理が可能になります。その結果として性能を高める、あるいは機能を増やすことにつながります」と解説します。

(写真2)インテル 広報室 コーポレートPR担当の青木哲一氏 *内容は取材当時のもの

最初のマイクロプロセッサー「4004」が搭載されたのは日本のビジコン社の計算機でした。コンピューターではなく、計算機。今で言う電卓です。後にパソコン初搭載となる「8080」を経て、1978年からパソコンで本格的な普及が始まります。NECのPC-9801シリーズの初代モデルに「8086」、IBM初のパソコン「IBM Personal Computer 5150(IBM PC)」に「8088」が採用されました。

なおパソコンにおいてマイクロプロセッサーは「CPU(中央演算装置)」とも呼ばれています。マイクロプロセッサーが変われば、パソコンの処理能力も変わります。このことから、マイクロプロセッサーの名前自体がパソコンの処理性能を示す指標として広く認知されていますね。

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2. パソコン普及期を支えた「Intel386」や「Pentium」

黎明期のパソコンに搭載されたマイクロプロセッサー「8086 / 8088」はまだ16ビットでした。32ビットになったのは1985年の「Intel386」からです。ここで搭載したトランジスターは27万5,000個となり、最初の「4004」(2,300個)と比べると約100倍になりました。

なお同年、インテルはDRAM(メモリー)事業からの撤退を決断しました。経営資源をマイクロプロセッサー事業に集中することにしたのです。これがインテルをパソコン業界の技術でけん引役となることを決定づけ、インテルの経営に成功をもたらしました。

パソコンはプロセッサーやメモリーなどのハードウェア、それとOSやアプリケーションなどのソフトウェアが抜きつ抜かれつの接戦をしながら切磋琢磨し、発展してきました。32ビットのマイクロプロセッサーで振り返ってみましょう。

「Intel386」の登場でマイクロプロセッサーが32ビットになったものの、ソフトウェアの多くはまだ16ビットのままでした。Windowsが32ビットになったのはWindows 95からです。それまでは「OSが32ビットのマイクロプロセッサーを扱えないのなら、32ビットのマイクロプロセッサーを使うメリットがないのでは」という考えもありました。

インテル 青木氏(写真3)は「ソフトウェアとハードウェアはスパイラル(らせん)を描くように発展していきます」と言います。マイクロプロセッサーが32ビットのデータセットを扱うことを実現したからこそ、OSや各種ソフトウェアが32ビットのハードウェアを生かせるように開発を進めてきたと考えてもいいかもしれません。

(写真3)インテル 広報室 コーポレートPR担当の青木哲一氏 *内容は取材当時のもの

インテルのマイクロプロセッサーは「Intel486」を経て、1993年には「インテル Pentium プロセッサー」となります。名称が数字から単語に変わっただけではなく、中身もスーパースケーラーアーキテクチャーを採用するなど飛躍しました。「Pentium」が「高速」の代名詞として使われたほどです。なお「Pentium」とはギリシャ語で5を示す「Penta」から作られた造語です。Intel386、Intel486に続く第5世代のマイクロプロセッサーという意味を込めた名前です。

(写真4)「インテル Pentium プロセッサー」。スーパースケーラーアーキテクチャーの採用で、処理性能を大きく伸ばした

1995年にはパソコンのソフトウェアに大きな変化がありました。32ビットを扱えるOSとなるWindows 95が登場したのです。ここからハードウェアもソフトウェアも32ビットの世界が始まりました。

ところで90年代の「インテル入ってる」というキャッチコピーを覚えていますか? 「Intel Inside」と書いてあるステッカーもありましたね。これは、日本から始まった認知度向上キャンペーンでした。後にアメリカのインテル本社も「Intel Inside」を採用し、全世界へと展開されるようになりました。パソコンのメーカーを問わずインテル製のプロセッサーを搭載したパソコンには「Intel Inside」のステッカーが貼られるようになり、最先端の技術を搭載していることや、安心して使えることの目印となったのです。

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3. プロセッサーの性能は3,500倍、電力効率は9万倍、多様な未来を形作る

マイクロプロセッサーはPentium以降もムーアの法則に従って集積度を高めてきました。マイクロプロセッサー登場初期はMIPS(100万命令毎秒:1秒あたりに実行できる命令数)といった性能指標が使われていましたが、コンピューターの用途が多様化するに従って単純な性能比較は難しくなっていきました。

プロセッサーの進化はデスクトップ(パソコン)への搭載を想定して始まりましたが、途中から分岐します。大きく分けるなら、従来の延長となるデスクトップ、モバイル向け、サーバー向けです。

まずはデスクトップ。「インテル Pentium」登場後には、ビデオ、オーディオ、グラフィックなどマルチメディア機能を強化するMMXテクノロジーを統合した「インテル Pentium II」、インターネット・ストリーミングSIMD拡張命令に対応した「インテル Pentium III」へと発展していきます。パソコンの用途がビデオ再生やストリーミングへと広がるにつれ、インテルは時流に対応した技術をいち早くマイクロプロセッサーに取り込んでいきました。

次にモバイルです。Windows 95登場以降はインターネットやWi-Fiが普及し、パソコンはモバイルでの利用も増えてきました。象徴的なものとして2003年に発表された「Centrino」があります。日本では鳥が踊るコマーシャルが評判になりました。

「Centrino」はマイクロプロセッサーではなくノートパソコン向けプラットフォームのブランドです。モバイル向けPentiumプロセッサー、チップセット「i855」、Wi-Fiチップ「Intel PRO/Wireless」の三つからなります(写真5)。現在では「Centrino」は無線製品のブランド名となっています。

(写真5)「Centrino」プラットフォームを構成するチップをまとめたもの

さらにサーバーです。サーバーやワークステーションを想定したマイクロプロセッサーは「インテル Pentium Pro」から始まり、1998年の「インテル Pentium II Xeon」プロセッサーからは「Xeon」というブランド名が生まれます。「Xeon」は各種ファミリーに分かれているものの、業務用で高性能や高信頼性を実現するものとなっています。

「4004」から50年が過ぎ、マイクロプロセッサーはどれほど進化したのでしょうか。先述したように多様化が進み単純な性能比較はできないものの、ムーアの法則通り集積度は高まっています。密度の高まりをイメージするためとして、青木氏(写真6)はこんな風に例えてくれました。「最初は駐車場の車1台分のスペースを必要としていたものが現在のプロセッサーのサイズにまで縮まりました」

(写真6)インテル 広報室 コーポレートPR担当の青木哲一氏 *内容は取材当時のもの

性能、電力効率、コストで比較するとこうなります。1971年の「4004」から2015年の「インテル Core i5」では性能は3,500倍向上、電力効率は9万倍向上、コストは6万分の1に縮小しました。

マイクロプロセッサーはパソコンやサーバーといったコンピューターだけではなく、今ではスマートフォンなどの個人用携帯通信機器に広がり、将来は自動車の運転制御や各種組み込み機器へも広がっていくでしょう。これもまたムーア氏が予測した世界なのです。

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