2017年 3月22日公開

ITここに歴史あり

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ハードディスクドライブの進化がパソコンにもたらしたもの

執筆:加山恵美(フリーランスライター) 編集・文責:株式会社インプレス

ハードディスクドライブは進化を続けて、記録容量をどんどん増やしていきます。ユーザーもより大容量のものを求めていきますが、ノートパソコン向けのハードディスクドライブには、記録容量拡大のほかにも課題があります。

1. OSやアプリケーションをすばやく起動できるように

パソコンは、電源を切った後でもデータを記憶しておく装置(二次記憶装置)としてハードディスクドライブ(HDD)を搭載しています。最近は薄型ノートパソコンなど、HDDの代わりにSSD(ソリッドステートドライブ)を搭載する製品が増えましたが、今でもパソコンの二次記憶装置といえばHDDです。

パソコンの二次記憶装置としてHDDを使うようになったのは、1980年代中頃からです。それまでのパソコンでは、「カセットテープ」を使っていました。音楽を記憶する媒体として記憶している方も多いでしょう。カセットテープは磁気のテープでできており、プログラムなどのデータを記録することができました。

NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 マネージャー 佐藤義和氏(写真1)はカセットテープを使っていた当時を思い出して、「カセットテープでは、ランダムアクセスはできませんので、必要なデータだけを拾い読みするということができませんでした。カセットテープからデータを読み出すときは最初から最後まで通して読み出さなくてはならなかったので、時間がかかりました」と語ります。また、何度も使用するとテープが伸びてしまい、データを読み出せなくなることもあったそうです。

(写真1)取材にお答えいただいたNECパーソナルコンピュータの皆さん。左側が資材部 キーパーツ技術・品質部 マネージャーの佐藤義和氏。中央が資材部 キーパーツ技術・品質部 部長の安田秀彦氏。右側が資材部 キーパーツ技術・品質部 マネージャーの沢田明彦氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

カセットテープに頼るユーザーがまだ多かったころ、フロッピーディスクが登場しました。これによりランダムアクセスが可能となり、必要なデータだけを拾い読みすることや、必要な部分だけを書き換えるといったことができるようになったため、データの読み書きにかかる時間が短くなりました。パソコン用として登場した初めてのフロッピーディスクは大きさ8インチのものでした、しばらくすると5インチのものが登場しました。どちらも薄い磁気ディスクを薄い保護ケースに包んだ、ペラペラとした作りのものでした。それでも発売当初は10枚入りの箱で1万円するほど高価なものだったのです。

フロッピーディスクというと、外装が硬いプラスチックになっている3.5インチタイプを思い出す方が多いことでしょう。実際、フロッピーディスクの中では、3.5インチのものが最も普及しました。記憶容量は1枚当たり720KBまたは1.44MBでした。

カセットテープもフロッピーディスクも持ち運びが可能でしたが、記録容量はまだまだごく少ないものでした。そこで、まとまった容量のデータを記憶し、高速で読み書きできる記憶装置として登場したのがHDDです。ただし、パソコンに内蔵、あるいはパソコンの隣に据え置いて使うもので、カセットテープやフロッピーディスクのように持ち運ぶことは原則としてできないものでした。

日本初のHDD搭載パソコンが登場したのは1984年9月。ロサンゼルスオリンピックがあった年です。柔道の山下泰裕さんや体操の森末慎二さんなどが金メダルを取ったことをご記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

初めてのHDD搭載パソコンとなったのは、NECの「PC-9801F3」(写真2)。HDDの記録容量は10MB。そのほかに5インチのフロッピーディスクドライブを搭載していました。HDDを搭載していない機種に比べて7万円ほど高価でした。現在のパソコンが搭載するHDDの記録容量と価格を考えると、「たかだか10MBのために7万円!」と驚く方もいらっしゃるかもしれませんね。今では10MBの10万倍、1TB(テラバイト)のHDDが6,000円ほどで買えるようになりました。

(写真2)日本初のHDD内蔵パソコン「PC-9801F3」(提供:NEC)

HDD登場前は、パソコンを起動させるときに、OSやアプリケーションをフロッピーディスクから読み出す必要がありました。ディスク1枚では足りないことも多かったので、何枚もディスクを入れ替えて読み出したり、書き込んだりしていました。

HDDはそのようなパソコンの使い方を変えました。記録容量10MB程度とはいえ、複数のフロッピーディスクに記録してあるOSやアプリケーションをまとめて記憶しておくことができるようになったのです。HDDを使えば、パソコンの電源を入れて少し待っているだけでOSやアプリケーションを使う準備が整うようになりました。しかも、フロッピーディスクに比べて読み書きの速度がかなり速いので、パソコンの使い心地を大きく変えました。

今から考えると、ほんのわずかな容量のデータしか記録できないフロッピーディスクにOSやアプリケーションを収めることができたなんて、信じ難いかもしれません。しかし当時はOSもアプリケーションも作りが簡素だったので、プログラムサイズがそれほど大きくありませんでした。そのため、フロッピーディスクを複数枚使えば、OSやアプリケーションを格納することができたのです。当時主流のOSはMS-DOS。フロッピーディスク1枚に収まるサイズでした。なお日本語ワープロソフト「一太郎」が登場したのは1985年でしたが、これも登場当初はフロッピーディスクに記録した形で流通していました。

HDDが登場したことによって、パソコンが内蔵する高速な二次記憶装置からOSやアプリケーションを起動するという使い方が可能になり、パソコンの使い方が変わり始めました。また、それまで主力の記憶装置として活躍していたフロッピーディスクドライブは、持ち運ぶデータや他人に渡すデータを記録する装置という役目を担うようになっていきました。

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2. 新技術が登場するにつれ、ユーザーが持つデータはどんどん大きく

最初のハードディスクドライブ(HDD)搭載パソコンが登場したのは1984年でしたが、まだ高価で一般に普及するには時間がかかりました。90年代中ごろまで、HDDは簡単に手の届く価格にはならなかったので、多くのユーザーがフロッピーディスクドライブからデータを読み出していました。とはいえ、HDDの大容量化と低価格化が状況を変えていきます。

長らくストレージデバイスに携わってきた、NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 部長 安田秀彦氏(写真3)は「倍々で(容量が)増えていきました」と述懐します。日本初のHDD内蔵パソコンが搭載していたHDDは記録容量10MBでしたが、20MB、40MBと新機種が登場するたびに記録容量は倍々で大きくなっていったのです。

(写真3)NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 部長の安田秀彦氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

歴史を振り返ると、HDDをはじめストレージの記録容量が大きくなっていくペースに合わせるように、ユーザーが作り出してHDDに保存するデータのサイズも大きくなっています。広い部屋に引っ越しても、すぐに荷物で一杯になってしまうという現象にどこか似ていますね。

1992年にはWindows 3.1が登場しました。インテルの新しいプロセッサーの能力を引き出して処理性能を大きく向上させ、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)の設計を一新したOSです。MicrosoftのWindowsとしては初めての大ヒットとなりました。しかし、この頃になるとパソコンを起動するたびにOSをフロッピーディスクから読み出すという使い方は事実上不可能になってきました。機種によって多少の違いはありますが、PC-9801シリーズ向けのWindows 3.1の大きさは、フロッピーディスク24枚ほどにもなっていたのです。そのような背景があって「Windows 3.1のころから(HDD搭載モデルの売れ行きに)火がつき始めました」と安田さん。NECも、1993年5月にはWindows 3.1をプリインストールしたパソコンを数機種発売しました(写真4)

(写真4)NECが初めて発売したWindows 3.1プリインストールパソコンのうちの一つ「PC-9821Ap(通称:98MATE)」(提供:NEC)

さらに1995年にはWindows 95が登場し、Windows 3.1を大きく上回る大ヒットとなりました。「インターネット接続」という新しい体験を求め、多くの人がパソコンを買い求めたのです。ユーザーはインターネットにアクセスし始めると、Webブラウザーでインターネットページを見始め、さらに電子メールをやりとりするようになりました。電子メールには画像ファイルを添付して送受信することもありました。言うまでもありませんが、メール本文のテキストと比べたら画像データは格段に大きなものです。メールのやりとりを繰り返すうちに、HDDを数GB使ってしまったという人も多いかと思います。

Windows 95が登場した頃は電話線を使ったダイヤルアップ接続が主流でしたが、2000年ごろからADSLや光ファイバーの常時接続が急速に普及し、インターネットでやりとりする情報の量はどんどん大きくなっていきました。当然、メールのやりとりやWebページのブラウジングで消費するHDD容量も大きくなっていきます。

周辺機器の発達も、ユーザーが扱うデータ量を大きくさせています。例えばデジタルカメラ。登場当初の製品は画質も低く、画像ファイルのデータ量もそれほど大きくありませんでしたが、イメージセンサーの画素数がどんどん増大し、デジタルカメラが生成する画像ファイルのデータサイズはどんどん大きくなっていきました。

さらに、デジタルカメラの記憶媒体であるフラッシュメモリーの記録容量がどんどん大きくなっていき、ユーザーは高画質な写真を何百枚も撮影して、パソコンで管理するようになりました。写真の枚数が多すぎて、パソコンに転送しようにも、パソコンのHDDに十分な空きがないという経験をされた方もいらっしゃると思います。

また、携帯音楽プレーヤー、特にAppleの「iPod」の登場も、ユーザーが扱うデータ量の増大を後押ししました。それまで、携帯音楽プレーヤーといえば携帯型CDプレーヤーや携帯型MDプレーヤーが主流でした。この種のプレーヤーは、パソコンがなくても音楽を楽しめるようになっていましたが、一度に楽しめる楽曲数はCDやMDの記録容量の制限を受けていました。CDもMDも記録容量は、1枚につきアルバム1枚が入る程度のものです。たくさんのアルバムを楽しみたいと思ったら、アルバムの数だけメディアを持ち出す必要がありました。

そのような状況を変えたのがiPodでした。iPodは本体にハードディスクを内蔵しており、アルバムにして1,000枚以上の楽曲を記録することができました。ユーザーは自身が持っている音楽ライブラリーをまるごと持ち歩くことができるようになったのです。

そして、iPodを使うときに欠かせないのがパソコンです。iPodに楽曲を記録するには、パソコン上の音楽プレーヤーソフトを使って、パソコン上に楽曲のライブラリーを作る必要があったのです。パソコン上にライブラリーを作ってから、iPodにライブラリーを転送することで、iPodで音楽を楽しめるという流れでした。

こうして、iPodなどの携帯音楽プレーヤーを使う人は、パソコンに無数の楽曲データを取り込むようになりました。この楽曲データを記録する場所もHDDです。アルバム1,000枚以上の楽曲データを持っている人などは、楽曲データがHDDの記録容量を圧迫していたということもあるでしょう。

Windows、メール、Web、デジカメ、音楽など、ユーザーが扱うデータは新しい技術の登場とともにどんどん大きくなっていきました。すると当然、ユーザーはより大容量のHDDを求めるようになりました。

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3. ノートパソコン向けHDDが向き合う問題

前回は、写真や音楽のデータがハードディスクドライブ(HDD)の記録容量を圧迫し始めたというお話をしました。この流れは、動画をパソコンで扱うようになってからいよいよ加速します。動画ファイルのデータサイズは写真や音楽よりもさらに、はるかに大きいものです。ビデオカメラで家族旅行の様子を記録し、そのデータをパソコンに転送して動画を編集したという方もいらっしゃると思います。動画をパソコンで編集するには、動画ファイルをいったんHDDに記録しなければなりません。動画編集を楽しむために外付けのHDDを増設したという人もいることでしょう。

さらに、テレビ番組を録画する機能を備えたパソコンが登場すると、より大容量のHDDが必要になってきました。好きな番組を好きなだけ録画するには、とにかく大容量のHDDが必要になるからです。

テレビ番組を録画できるパソコンはあまり広く普及していませんが、HDDにテレビ番組を録画する専用装置、つまりHDDレコーダーが登場したことで、HDDにテレビ番組を録画するということが当たり前のことになってきました。NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 部長 安田秀彦氏(写真5)は「HDDレコーダーが『HDD』の知名度を高めたと思います」と話しています。

(写真5)NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 部長の安田秀彦氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

HDDの進化というと、大容量化ばかりに注目が集まりがちですが、耐衝撃性を高めるための進化も見逃せません。特に、ノートパソコンに搭載するHDDにはなくてはならない技術です。

ノートパソコンの薄型軽量化が進み、多くの人がノートパソコンを持ち運ぶようになりました。しかし、ノートパソコンを持ち運んでいる人の多くは、ノートパソコンの中にHDDというデリケートな機器が入っていることを意識していません。そのためにトラブルがあちこちで発生しています。

HDDの内部では、ガラスなどの硬い素材でできたディスクが高速回転しています。このディスクには磁性体という磁気を帯びる物質が塗ってあります。この磁性体は磁石のようなもので、N極とS極の両極を持っています。磁性体上の極の方向を切り替えることで、データを記録するのです。データを読み取るときは、磁性体の極の方向を検知します。

データの読み書きに使うのが「ヘッド」です。ヘッドはディスク上を行き来して、目的の部分のデータを正確に読み書きします。このヘッドはディスクからごくわずかに離れているのですが、その間隔は10nm(ナノメートル)もありません。インフルエンザウイルス(直径80-120nm程度)でさえも、その隙間に入り込むことはできないのです。

ここで問題になるのが、ヘッドとディスクが接触するだけでHDDが故障する可能性があるということです。ヘッドとディスクが接触すると、ディスク上に大きな傷を作ってしまったり、ヘッドを破損させてしまったりすることがあります。それほどHDDは精密かつ繊細な部品なのです。

ヘッドとディスクが接触するきっかけとなるのは外部からの衝撃です。例えば、ノートパソコンを持ち歩いているときに落としてしまったという話はよく聞く話です。パソコンが落下して硬い床やアスファルトにたたき付けられてしまえば、当然HDDにも大きな衝撃が及び、ヘッドとディスクが激しくぶつかることも考えられます。実際、ノートパソコンを落下させて内蔵HDDを壊してしまう人は少なくありません。

こうした事故を防ぐために、耐衝撃性を高める技術の開発が進んできました。具体的には、必要のないときにヘッドをディスク上ではなく、ディスクの横にある安全地帯に退避させる技術です。

ヘッドを退避させる方法は主に2種類。「シッピングゾーン方式」と「ランプロード方式」です。後者は部品点数が増えるものの、耐衝撃性に優れており、ノートパソコン向けのHDDはこの方式を採用する例が多くなっています。

さらに近年は、ノートパソコンに加速度センサーを搭載し、落下し始めたことを検知するという機能も登場しています。加速度センサーからの信号を受けたら、衝撃を受ける前にヘッドを安全地帯に退避させるのです。NECパーソナルコンピュータ 資材部 キーパーツ技術・品質部 マネージャー 沢田明彦氏は「加速度センサーとランプロード方式でノートパソコンの耐衝撃性は近年大きく向上しています」と最新技術の効果について話してくれました。

80年代から現在に至るまで、パソコンが内蔵する二次記憶装置といえばHDDでした。しかし近年は薄型軽量のノートパソコンを中心に、SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)が普及しつつあります(写真6)。回転するディスク、動くヘッドなど、壊れる可能性が高い部品を多く持つHDDと比べると、SSDは電気信号を送って半導体にデータを記録するので、衝撃に強いという特性があります。さらに、電力消費量が少なく、動作時に音が発生することもありません。それにHDDに比べて読み書きがかなり速いというのも、見逃せない大きなメリットです。

(写真6)SSDを搭載した最新ノートパソコン(NECパーソナルコンピュータの「LaVie Hybrid ZERO HZ550/DAB」)(提供:NECパーソナルコンピュータ)

一方で「読み書きを繰り返すと、半導体内の素子が劣化していくので、HDDに比べて寿命が短い」といったことを懸念する人もいます。この点については、一般的な用途でパソコンを使っている限り、問題になることはないとのことです。

そしてもう一つSSDには、「記録容量当たりの価格がかなり高くつく」、つまり高価なぜいたく品であるという問題があります。実際ノートパソコンを買うときに、記録容量1TBのHDDを搭載した製品と、同じく記録容量1TBのSSDを搭載した製品を比べると、後者はかなり高価なものになります。ただし、半導体製造技術の進化により、HDDとSSDの価格差は近年急速に縮まってきています。

これからはSSDが大きく普及していくことでしょう。しかし、HDDの役目は終わったわけではありません。安価で記録容量が大きいHDDにはまだまだ需要があります。しばらくはHDDとSSDが共存していくことでしょう。

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